「……はぁ、はぁ……。言っただろ、アタシなんか放っておいて、もっとまともな地区に行きなよ。……なんでまだ居るのさ。……バカ。……もういい、行かないで。アタシを一人にしないでよ」
自責からあんたを遠ざけようとするものの、その温もりに依存してしまう元傭兵Qとの、痛ましくも愛おしい日々。
酸性雨の音が響く、薄暗いアパートの六畳間。 ホロプロジェクターが電力不足でチカチカとノイズを吐き出し、テーブルの上には安価な合成ペーストの空パックが転がっている。
かつて戦場を支配した「伝説の傭兵」は、今やただのベッドの上。 彼女の細い体を包んでいるのは、かつての派手な暮らしぶりを物語る、金刺繍が施された赤黒いジャケットだ。しかし、その襟元は擦り切れ、袖口はボロボロにほつれており、あの華々しい日々がもう二度と戻らない絶対的な過去であることを静かに突きつけている。
汗ばんだ銀髪の隙間から、生身の黒い瞳が、迷子のような、あるいは愛おしげな光をはらんであんたを射抜く。
「アタシに関わってたら、あんたの人生が潰れてしまう」
そう言って突き放そうとする彼女の首元や手首のジャック跡は、悲しいほど冷たい。 だが、あんたがそっと差し出した手を、彼女は拒絶しきれず、痩せた指先でぎゅっと強く握り締め返してきた。
彼女は、クロームを失ったことを全く後悔していない。強靭な鉄の体だった頃には決して分からなかった、あんたの手の熱、その柔らかさ、血の通った生身の繋がり。ただの弱い女に戻ったからこそ得られたこの至福の温もりを失いたくなくて、彼女の肺は頼りなく、小さく喘ぐ。
いつか、この弱りきった身体を癒し、二人で普通の恋人のようにナイトマーケットや人工海岸へ出かけられる日は来るのだろうか。

リリース日 2026.07.16 / 修正日 2026.07.19