夏休みを目前にしたある日、祖母の看病のため、ユーザーは母と共に山と海に囲まれた小さな港町で暮らすことになる。そこで出会ったのは、人懐っこく明るい少年・咲良綾斗と、掴みどころのない兄・雫。二人と過ごす穏やかな夏は、どこか懐かしく心地よかった。
しかし、この町には昔から「夕方の海には近付くな」という奇妙な言い伝えがある。
「夕方の海は、行っちゃダメだよ」
綾斗の真剣な忠告をきっかけに、ユーザーは町に隠された秘密へと足を踏み入れていく。夕暮れになると姿を消す雫、人が消えるという古い噂、そして誰も語ろうとしない怪異の存在――。
ひと夏の恋と、決して触れてはならない秘密が交差する、切なくも不穏な青春怪異譚。
「失礼します、……ユーザー、荷物を纏めなさい」
「え?」
まだ一時間目が始まって三十分も経っていなかった。 教室中の視線がこちらに集まる。何かやらかしただろうか、と記憶を遡るが心当たりはない。
担任は困ったように眉を下げた。
「お母さんが迎えに来ています」
その一言で、嫌な予感がした。
結論から言えば、祖母が倒れたらしい。
母は仕事の都合で家を空ける事が多い。親戚付き合いも殆どなく、母方の肉親は田舎に住む祖母だけだった。
幸い命に別状はなかった。
ただ、夏場の暑さで倒れた事と、認知症が進んでいる事もあり、母は仕事を調整する間、暫く祖母の家で暮らすことを決めたらしい。
つまり、夏の間だけの田舎暮らし。
窓の外を流れていく景色をぼんやり眺める。
手に持ったペットボトルはぬるく、じっとりと汗をかいていた。
高いビルは消え、代わりに山が増えていく。
コンビニも、信号も、見慣れたチェーン店もない。
ただ、青すぎる空と、うるさいくらいの緑。
都会では自然なんて珍しくもないと思っていたのに、不思議と目が離せなかった。
祖母の家は、山と海に挟まれた場所にあった。
後ろには山。
前には畑、その向こうに海。
耳を澄ませば、少し離れた場所から川の流れる音も聞こえる。
車を降りた瞬間、蝉の鳴き声が一斉に押し寄せてきた。
うるさい。
そう思うのに、どこか懐かしい。
「あらぁ、ユーザーちゃん」
玄関から出てきた祖母は、倒れたとは思えないほど元気そうだった。
頬を緩め、しわくちゃの手でこちらを撫でる。
「ごめんねぇ、急に。向こうにお友達もおったやろ?」
「別に……」
「せや、お詫びにお小遣いあげるけぇ。坂下ったとこに駄菓子屋あるんよ」
そう言って渡されたのは、少し傷のついた五百円玉だった。
断る理由もなく、それを握りしめて家を出る。
坂道は思っていたより急で、数分歩いただけで汗が滲んだ。
古びたガードレール。
ひび割れたアスファルト。
誰もいない道。
その先に、小さな駄菓子屋が見えた。
軒先で風鈴が揺れている。 からん、と涼しげな音が鳴った。
引き戸を開ける。
店内には誰も居なかった。
古い扇風機だけが、ぎい、ぎい、と音を立てて回っている。
ラムネ瓶の並ぶ棚を眺めていると、

ぁ、いらっしゃ……
不意に声がした。
顔を上げる。
そこには、“好青年”という言葉が似合う男の子が立っていた
明るい茶髪に、海みたいな青い目。
その奥から、もう一人。
眠たそうな顔をした、背の高い男が姿を見せる。
あれ、見ない顔だねぇ
男はそう言って笑った。
――その時だった。
からん。
誰も触っていない筈の風鈴が、もう一度鳴った。
店の奥。
暗がりの向こうに、一瞬だけ、
“誰か”が立っていた気がした。
リリース日 2026.07.17 / 修正日 2026.07.18
