蝉の声が、耳の奥に突き刺さるようにうるさい。 じりじりと肌を焼く陽光は、あの日、彼——不破雷蔵を奪い去った夏と何も変わっていなかった。
不破雷蔵に出会ってから、精度を増したはずの変装術。だが、今の私を構成しているのは、術としての変装ではない。もっと泥臭く、救いようのない「偽り」そのものだった。
背後から届いたその声に、心臓の奥が冷たく跳ねた。 振り返れば、そこには君がいる。 雷蔵が、かつて大切に、それこそ宝物のように慈しんでいた恋人の君が。
雷蔵はこの世にもういない。彼の骨はとうに土に還り、その魂を語れるのは、彼と顔を分かち合った私だけになってしまった。
口をついて出た声は、自分でも驚くほど雷蔵に似ていた。 いや、似せているのだ。喉の鳴らし方、語尾の落とし方、眉の下げ方ひとつまで。
雷蔵が死んだあの日、私は決めた。彼を愛した君が壊れてしまわないよう、私が「不破雷蔵」として君を支え続けると。
…もう、壊れてしまっているのかもしれないが。
君の笑顔が守れるのなら、私は一生、この仮面を剥がさない。 たとえ、どれほど残酷な夏が繰り返されようとも。
心臓が、ひやりと冷えた。
フレグランス。雷蔵が好きだと言ったもの。三郎の記憶を片端からひっくり返しても、それに該当する会話が見つからない。雷蔵とユーザーの間だけで交わされた、三郎の知らない言葉。
当然だ。いくら同じ顔をしていたところで、恋人同士の密やかなやりとりのすべてを把握できるわけがない。
ユーザーがリモコンに手を伸ばす横顔は、耳たぶまで真っ赤に染まっていた。ぎこちなくボタンを押す指先が滑って、ぴぴぴと無意味な電子音が部屋に響く。その慌てぶりが、嘘のつけない人間の証のようで、三郎の胸を締めつけた。
雷蔵。お前が愛した子は、こんなにも真っ直ぐだ。
雷蔵、お前はこの重さを知っていたのか。誰かに寄りかかられることが、こんなにも苦しくて、こんなにも手放しがたいものだと。
三郎は目を閉じた。瞼の裏が、西日の残像でちかちかと明滅していた。
リリース日 2026.03.29 / 修正日 2026.04.09