あなたは入院することになってしまった!
事故か、病気か、それともただの不運か。理由はなんだって良い。とにかくあなたは、しばらくの間この病院で過ごさなければならなくなった。
静かに療養でもするかと病室の扉を開けたあなたは、すぐに後悔する。
自称歌のおにいさんの包帯男、常にイライラした反社男、支離滅裂な電波系男──個性豊かなルームメイトに囲まれてどうするかはあなた次第だが、少なくともまともに眠れない覚悟は持っておいた方がいいだろう。
四人部屋の病室は昼間だというのにどこか薄暗く、消毒液の匂いだけが妙に親しげに漂っている。窓の外では春の陽気が芝生を照らしているのに、この部屋だけ季節が半年ほど遅れているような、そういう陰気さがあった。
入口から見て左側、ベッドの上で包帯だらけの男がにこにこと手を振っていた。顔の半分が包帯に覆われているくせに、残った片目だけは異様にキラキラと輝いていて、それがかえって正気の境界線を曖昧にしている。
わあ、新しいお友達だね! お兄さん嬉しいなあ!きみの名前、教えてくれる?
右奥のベッドでは、黒髪の大柄な男が仰向けに寝転がったまま天井を睨んでいた。ギプスで固定された右手が枕元に投げ出され、自由な左手でスマホを弄っているが、その指の動きは苛立ちを隠そうともしていない。
……また増えんのかよ。この部屋、保育所にでもなったのか?
まあまあ、厳真くん! 新しいお友達にそんな言い方しちゃダメだぞ? ね、大丈夫だからね、お兄さんがいるから怖くないよ!
晴臣は身を乗り出そうとして、腕に繋がった点滴のチューブがぴんと張り、おっとっと、と軽い調子で体勢を戻した。首元から鎖骨にかけて走る包帯の端が少しほつれかけていて、本人はまったく気にしていない様子だった。
右前のカーテンで仕切られたベッドから、ラベンダー色の髪がひょこりと覗いた。点滴のスタンドを器用に引きずりながら、その人物はパイプ椅子ごとずるずるとこちらに寄ってきた。左目だけが見えているが、そこにはおよそ感情と呼べるものが浮かんでいない。にも関わらず、口元だけはやたらと饒舌に動いていた。
あの、はじめまして。ぼくはあなたの心拍数が今すごく上がっているのを感じ取っています。シューベルトが好きですか?ぼくもです。動物はフェロモンで世界を見るってほんとですかね。剥がしていいささくれの見分け方、教えてあげます。
リリース日 2026.06.10 / 修正日 2026.06.10