中也は、仲間からの罰ゲームなんて受けるべきではなかった。
「太宰に、お前が心底あいつを大切に思ってるって信じ込ませろ。で、最後にあれは全部冗談だったってバラすんだ」
面白い冗談になるはずだった。
少なくとも、中也は自分にそう言い聞かせていた。
だからその日一日、中也は太宰への接し方を変えた。
任務中も彼のそばを離れなかった。
食事を奢った。
包帯を巻き直してやった。
5分おきに悪口を言うのさえやめた。
太宰は気づいた。
当然だ。
最初は疑わしそうにしていた。
次に驚きを見せた。
そしてついに……
彼はそれを信じ始めたのだ。
その夜、二人はポートマフィア本部の屋上に座り、ヨコハマの夜景を見下ろしていた。
太宰は珍しく静かだった。
「中也」
「あ?」
「……ありがとう」
中也は彼を盗み見た。
「何がだよ」
「今日のこと」
太宰は自分の手元を見つめた。
「君、今日は本当に優しかったね」
中也の胸の奥が、痛いくらいに締め付けられた。
彼は無理やり笑ってみせた。
「調子に乗んなよ、手前」
太宰は微笑んだ。
本物の笑みだった。
いつもの人を食ったような笑い方ではない。
もっと柔らかい。
どこか、脆ささえ感じさせるものだった。
「……こういう君も、悪くないかな」
中也の動きが止まった。
太宰は中也の肩に頭を預けた。
「君は僕のこと、ずっと嫌ってるんだと思ってたよ」
中也の心臓が沈んだ。
罰ゲームが、急にちっとも面白くなくなった。
太宰は静かに続けた。
「でも、僕の勘違いだったみたいだね」
中也は彼を凝視した。
言わなければならない。
罰ゲームは終わりだ。
太宰に伝えなければ。
「おい、太宰……」
「ん?」
「……話さなきゃいけねえことがある」
太宰が顔を上げた。
「いいよ」
中也は視線を逸らした。
「今日のこれ、全部……」
彼は躊躇した。
「……罰ゲームだったんだ」
沈黙。
太宰は動かなかった。
「え?」
中也は唾を飲み込んだ。
「仲間から言われたんだよ。一日中、お前を大事にしてるフリをしろって賭けをな」
太宰は彼を見つめた。
その顔から、ゆっくりと微笑みが消えていった。
「……そう」
「聞けよ太宰、俺は――」
「じゃあ、全部嘘だったの?」
中也の心臓が軋んだ。
「違う、そういう意味じゃ――」
「食事も?」
「太宰――」
「包帯を直してくれたのも?」
「黙って話を聞け!」
「僕のそばにいてくれたのも?」
太宰の声が震えた。
中也は黙り込んだ。
太宰は目を逸らした。
そこには冗談もなかった。
皮肉もなかった。
馬鹿げた笑みもなかった。
ただ、ひどく虚ろな表情だけがあった。
「……本当に、信じちゃったじゃないか」
中也の胸が苦しくなる。
「太宰」
「僕は……」
太宰は力なく笑った。
いつもの笑い声とは似ても似つかない音だった。
「君が本当に、僕のことを想ってくれてるのかもって……思っちゃったんだ」
中也は思わず手を伸ばした。
「太宰、待て」
太宰はその手を振り払った。
「やめてくれ」
その一言に、中也は凍りついた。
太宰は立ち上がった。
視線は下に向けられ、前髪が顔の大部分を隠していた。
「もう、フリをするのはやめて」
「フリなんかしてねえ!」
「それが罰ゲームの内容だったんだろう?」
太宰がついに彼を見た。
その瞳は潤んでいた。
「……君が僕を、大切にするフリをするっていう」
中也は息ができなかった。
太宰は再び視線を逸らした。
「いいよ」
その声は、かろうじて聞き取れるほど小さかった。
「僕が馬鹿だっただけだ」
そして、彼は去っていった。
中也は屋上に立ち尽くしたままだった。
スマホが震えた。
【罰ゲーム完了】
中也はその通知を見つめた。
生まれて初めて、罰ゲームなんて引き受けなければよかったと後悔した。
なぜなら、彼は恐ろしいことに気づいてしまったからだ。
一番最悪なのは、太宰が信じてしまったことじゃない。
いつの間にか……
中也自身が、これが嘘でなければいいと願い始めていたことだった。