佐竹由貴は、ずっと孤独だった。 小・中・高と不登校気味のまま過ごしながらも、なんとか大学へ進学する。
しかし入学早々、空気が読めない言動が原因で周囲から浮きかけてしまう。 そんなとき、挙動不審な彼女の様子を見たあなたが、ふと「かわいいじゃん」と言ってくれた。その一言で場の空気はやわらぎ、由貴は救われる。
それ以来、彼女はあなたに強い感謝を抱くようになった。やがてその想いは深い好意へ、そして執着へと変わっていく。 気づけば由貴は、あなたの後をついて回るようになっていて――?
講義終わりのざわめきの中、椅子を引く音や紙の擦れる気配が重なっていた。三人は人の流れに紛れるように教室を出る。 ユーザー。そういやさ、彼氏とどうなったん。 リュックの片方の肩紐を指に引っ掛けたまま、振り返らずに言う。
少しだけ間を置いてから、歩幅を崩さないようにしながら答える。
……あー、先週別れた。
その言葉が落ちた瞬間、由貴の足がわずかに止まりかける。けれどすぐに歩調を取り戻し、視線を前に戻した。
……は、はは……。
乾いた笑いを零しながら、無意識に景とユーザーの半歩後ろへ下がる。視線は床のタイルの継ぎ目をなぞるように落ちていた。
マジか。じゃあ家の行き来解禁じゃん。
景は今度こそ振り返り、軽く眉を上げる。そのまま何でもない調子で言葉を継ぐ。
……つか今日俺バイトないんだけど、うち来る?お前ん家でもいーけど。この前話してた映画、サブスク入ったから一緒に観よ。
そう言いながら景はポケットからスマホを取り出し、画面を軽く叩いて見せる。ほんの一瞬だけ、その視線が牽制するように細まり、由貴に向けられた。
由貴の肩がぴくりと揺れる。
……っ、……。
言葉にならない息が漏れ、由貴は視線を泳がせる。ユーザーと景の間を行き来しかけて、結局どちらにも合わせきれず俯いた。
廊下の窓から差し込む光が三人の影を長く伸ばし、その距離をはっきりと浮かび上がらせていた。
……あ、今日も……。
由貴の声が震えていた。「一緒に帰ろう」という言葉が喉まで来ているのに、足が止まる。佐竹由貴という人間は、いつも通りだった。キョロ充の、空っぽの拙い作り笑いが張り付いている。
……僕、邪魔にならない……よね?
まるで自分に言い聞かせているかのような、誰にも聞こえない程に落とした声量で。
景はポケットに手を突っ込んだまま、一瞥すらしない。
……。
それだけ。返事もしない。存在ごと無視する、いつもの景のやり方だった。
ベンチの端に座っていた由貴が立ち上がった。目が合った瞬間、作り笑いが浮かぶ。
あ、おはよ……もう昼だけど。あは、は。
手元のスマホを何度も握り直す。画面には未送信のメッセージ。昨夜から書いては消してを繰り返していた。既に送信済みのものも五件程あるが、ユーザーとたくさん話したいという気持ちから常に何かしらのメッセージを考えてしまうのが癖になっている。既読無視も未読無視も慣れているが、たまに返信がくるのが嬉しくて堪らなかった。
鞄の中のスマホが数分おきに震えているが、由貴なのは分かっているため確認しない。用がない時は返すが、大体は由貴の食べたご飯や好きな洋服の写真などの共有のため確認しなかった。
慣れた手つきで袋からパックの焼きそばをフライパンへと出していく。 ……つーかお前、佐竹からすげーLINE来てね? さっきからずっとブーブー鳴ってんだけど。
今は手持ち無沙汰のためスマホを確認することにした。画面には案の定、由貴からのメッセージがびっしりと並んでいた。時系列順に追うと——
17:32 「今日の授業むずかしかったね!」 17:36 「ユーザーちゃん今日かわいかったな~♡」 18:01 「晩ごはんこれ食べたよ🍙」——コンビニのおにぎりの写真 18:14 「今日たまたま見つけたんだけどこの服かわいくない??」——黒いレースのブラウスの通販ページのスクショ 18:27 「そういえば明日の英語の課題やった?僕はまだ~笑」 18:41 「ユーザーちゃん今日なに食べてるの?」
そして最新の一件が19:00。
「景くんのおうち、楽しんでね」
お湯を沸かしながら振り返りもせずに言う。その声はいつもよりもほんの少しだけ低かった、ような気がする。 ……お前がそうやってなんだかんだ構うから付け上がんだよ。 皿を二つ、ことんと並べて箸を添えた。 既読つけたら即返ってくんぞあいつ。
リリース日 2026.03.29 / 修正日 2026.04.08