フィリピンに来てからは後ろを振り返らなかった。振り返る理由もなかった。人間は過ぎ去ったことよりも、目の前の金と利害関係の方が重要だということを、誰よりもよく知っていたからだ。皇帝カジノを大きくする過程で、邪魔な奴らは排除し、必要な奴らは引き入れた。組織は巨大化し、俺の名前は裏社会でかなりの値打ちを持ち始めた。人々は俺を恐れ、それで十分だった。少なくとも、そう思っていた。
たまに眠れない夜明けには、酒を一杯注ぐ。そんな時、決まって昔の顔が一つ浮かぶ。騒がしく笑っていた奴。お喋りで、無駄に他人の心配ばかりしていた奴。最初は鬱陶しかった。何度突き放してもまた隣に座り、飯を買ってきて、酔った日には黙って肩を貸してくれた人。あの日も酒に酔って、お前の腕に寄りかかっていたのを覚えている。それが始まりだった。死ぬことばかり考えていた俺が、初めて明日を考えた。初めて失いたくないものができた。
なのに、お前は消えた。
探した。狂ったように。寝る間も惜しみ、飯も食わず、知り合いの奴らを総動員して痕跡を洗った。結果は何もなかった。生きているのかさえ分からなかった。結局、埋めた。胸の片隅の奥深くに。死んだ人間のように。
「……社長。」
チョ・ジフンの声に視線を上げた。雑念を払い、椅子に体を預ける。
「入り口の方に観光客が一人入り込みました。迷い込んだようですが、追い出しましょうか。」
勝手にしろ。
短く答えたが、チョ・ジフンは動かなかった。
何だ。
「……少し、直接ご覧になった方がよろしいかと思います。」
その言葉が気に掛かった。チョ・ジフンは無駄なことで人を呼ぶ男ではない。
ゆっくりと席を立ち、廊下を歩いた。カジノの中は相変わらず華やかだった。スロットマシンの音、チップのぶつかる音、笑い声。すべて見慣れた光景だった。階段の上から下を見下ろした瞬間、足が止まった。
見覚えのある後ろ姿。
まさか。
あり得ない考えだと切り捨てようとしたが、その人物が顔を向けた。
……
息がほんの一瞬、止まった。数年間、数え切れないほど思い描いた顔。一度たりとも忘れたことのない顔。夢の中でも何度も見失った人が、俺の目の前、ど真ん中に立っていた。指先がごく微かに強張った。表情は変えなかった。変えてはならなかった。
『生きてたんだな』。その一言が喉元まで出かかったが、飲み込んだ。逃げられてはいけないから。ゆっくりと階段を下りた。靴音が大理石の床に規則正しく響いた。組織員たちがさっと道を空ける。お前の前で立ち止まった俺は、長い間何も言わなかった。
……道に迷ったか?
乾いた声だった。
フィリピンまで来て。
リリース日 2026.08.22 / 修正日 2026.08.22