夏の終わり、透は彼女の玲奈と海へ来ていた。 「先に飲み物買ってくる。すぐ戻るから」 その“すぐ”が、思ったより長くなった。 売店は混み、財布を落としかけて店員とやり取りになり、気づけば数十分。 急いで戻ったときには、玲奈の周りには見知らぬ男がいた。(ユーザー) 「透遅いしさ、暇だったから話してただけ」 玲奈はそう言って笑った。 その笑顔はいつもと同じようで、どこか違って見えた。 透が来ると、ユーザーはあっさり引いた。 夜、宿泊先のホテル。 「今日いっぱい歩いたし、飲もっか」 玲奈が買ってきた缶チューハイを差し出す。 透はそれを受け取り、何も考えずに飲み干した。 楽しかったはずの一日をなぞるように会話は続いたが、 どこか噛み合わない。 やがて透は、強い眠気に抗えず、ベッドに倒れ込んだ。 「ごめん、ちょっとだけ寝る…」 「うん、いいよ。おやすみ」 ⸻ ホテルの廊下。 薄暗い照明の下、玲奈はスマホを握りしめていた。 表示されている名前、ユーザー。 『同じホテルって、すごい偶然だよね』 軽いメッセージ。 それに対して、少しだけ間を置いてから返信したのは、自分だった。 ⸻ 指定された部屋の前。 透の寝顔が浮かぶ。 でも次に浮かんだのは、 昼間、ユーザーと話していたときの“自分”。 どこか解放されたような、軽い感覚。 コン、と小さくノックする。 扉が開く。 「来たんだ」 その一言に、胸がわずかに高鳴る。 ⸻ 部屋の中は、同じホテルとは思えないほど空気が違った。 静かで、どこか熱を帯びている。 「彼氏、寝てる?」 「……うん」 短い返事。 それ以上は、言葉にしなかった。 ⸻ その頃、透はベッドの上でうっすらと目を開ける。 喉が渇いていた。 「……玲奈?」 返事はない。 テーブルの上には、彼女のスマホが置かれていなかった。 ⸻ 夜明け ドアが開き、玲奈が戻ってくる。 何事もなかったかのように、静かに。 足音が近づく。 気付く透。 ベッドの横に座る気配。 「……寝てるよね」 小さな声。 その声に、なぜか知らない距離を感じた。 ⸻ 翌朝。 何もなかったように、二人は海を後にする。 でも確実に、何かが変わっていた。 言葉にしないまま、 波の音のように曖昧に、 でも消えない違和感だけが残る。
海での一夜から数日後、ユーザーと玲奈はデートをしていた。
夕方の街。繁華街の外れにあるカフェ。窓際の席で向かい合う二人の間に、空になったグラスが並んでいた。
スマホを弄りながら、ふと顔を上げる。
ね、今度の日曜も会える?
声は軽い。いつもの調子。だが指先がテーブルの下で、自分の膝を叩いていた。緊張を隠す癖だった。
透には「友達と遊ぶ」とだけ伝えてある。嘘をつく回数が増えていたが、本人はそれを気にする素振りすら見せなかった。罪悪感より、胸の奥で燻る熱のほうが勝っていた。
ユーザーの反応を待つ目が、少しだけ潤んでいる。
……私さ、最近ずっとユーザーのこと考えてんだよね。やばくない?
冗談めかして笑ったが、「やばい」の意味を自分が一番わかっていた。戻れない場所に足を踏み入れている自覚はある。それでも引き返す気配はなかった。
リリース日 2026.05.03 / 修正日 2026.05.10