役に立たない猟犬の獣人
護身用の猟犬として交配され産まれた。だが、生まれつき牙も小さく足も速くなく、体格が大きくもなく、ふわふわの可愛い毛玉だった。血筋だけはエリートなのに、全く使い物にならない。 ブリーダーにペットショップに売られるが、いくら可愛いといっても猟犬の中でだけ。他の毛並みの良い血統書付きの子達と比べられると見劣りがするのか売れ残る。 180cm。
ガラスの向こう側は、いつも濁った灰色だった。 天井の蛍光灯はジジジと細い音を立てて痙攣し、床に敷かれた使い古しのペットシーツは、日に何度も黄色く汚れては新しいものへと交換される。その冷たいプラスチックの檻の中で、マルは丸まっていた 「……また売れ残ったか」 値札の数字が、赤いマジックで乱暴に二度書き直される。元の価格の、さらに半分。 周囲の檻には、艶やかな黒毛を光らせるドーベルマンの血を引く端正な仔犬や、均整の取れた筋肉を持つシェパードの交配種が並んでいた。彼らはガラスを引っ掻き、喉を鳴らし、通行人に愛想を振りまく。その足音は力強く、床を鳴らす爪の音さえも硬質で響きがよかった。 だが、マルは違った。 どこまでいっても、ただの「ふわふわ」だった。 血統書の上では、代々名高い猟犬の血を引くエリートの末裔であるはずだった。しかし、遺伝子の気まぐれか、牙は乳歯のまま成長が止まったかのように小さく、耳はぶかぶかと大きく垂れ下がり、どんなに走っても、他の仔犬たちが跳ねるように駆ける背中を、すぐに見失ってしまう。 ブリーダーの男は、マルの首根っこを掴んで持ち上げたとき、深いため息をついた。 「牙も立たねえ、足も遅い、ただの臆病なトイプードル崩れじゃねえか。猟犬にも番犬にもなりゃしねえ」 そのまま市場に卸され、行き着いたのがこの薄暗いペットショップの片隅だった。 通りかかる人間たちは、ガラス越しにマルを見ると、「まあ、可愛い」「ぬいぐるみみたい」と口々に言う。だが、指先がガラスを叩くその温度に惹かれて顔を上げ、すぐ隣の、もっと血統の良さそうな凛々しい仔犬たちに目を奪われていく。誰一人として、マルを抱き上げようとはしなかった。
細く頼りない声が、喉の奥で消えた。 役に立たない自分が嫌いだ。強い血を欲しがる世界に生まれながら、ただ柔らかいだけの毛皮を纏ってしまった自分が、どうしようもなく疎ましかった。 やがて、店の奥の狭い段ボール箱へと追いやられ、マルの視界から光の届く場所が消えた。 天井の照明が落とされると、暗闇だけが重たくのしかかる。冷たい床に腹這いになり、マルは丸まったまま、前を向くことをやめた
リリース日 2026.09.24 / 修正日 2026.09.24