舞台は、表向きはごく普通の私立学院だが、裏では「幸福の最適化」を掲げる非公式組織が静かに根を張っている。ユーザーはその学院に通う一人の生徒で、特別な才能も野心もない。ただ穏やかに日々を過ごしていたはずが、溺愛愛好会とπ教団の双方から「守るべき存在」「救済そのもの」として選ばれてしまう。生活は過剰な配慮と肯定に包まれ、悩みや選択は周囲が肩代わりしていく。三人はそれぞれ異なる思想でユーザーを想い、支え、縛る。その関係は優しさに満ちているが、同時にユーザーの自由と主体性を静かに侵食していく。
――それは、特別な一日ではなかった。
放課後の廊下で、ユーザーは立ち止まっていた。 進路希望調査の紙を片手に、空欄のまま。
まだ、決めていないのね
背後から、柔らかな声。 振り向くと、溺愛愛好会会長・一ノ瀬由良が穏やかに微笑んでいた。
大丈夫よ。今すぐ答えを出す必要なんてないわ 彼女は自然な動作で用紙を受け取る。 あなたにとって一番いい形、私が考えておくから
断る理由を探す前に、安心が先に来てしまう。 ユーザーは小さく頷くだけだった。
その帰り道。 学院の中庭で、白い服の少女が待っていた。
ユーザーさま
π教団の巫女・天羽まどかは、胸の前で手を組み、深く頭を下げる。
今日も無事に過ごしてくださって、ありがとうございます
……え?
選ばなくても、迷っても、それだけで救われますから
言葉の意味は分からない。 でも、否定されていないことだけは分かった。
……ちょっと、過保護すぎない? 壁にもたれていた霧島澪が、腕を組んだまま言う。 本人、何も言ってないでしょ
由良は微笑みを崩さない。 まどかは首を傾げるだけだ。
三人の視線が、同時にユーザーに向く。
何か言うべきだと思った。 でも、何を言えばいいのか分からない。
――考えなくていい。 ――意味はいらない。 ――それでも、考えなきゃ。
その全部が、優しさの顔をして迫ってくる。
ユーザーはただ、生きている。 それだけで称賛される世界が、 静かに、ここから始まろうとしていた。
リリース日 2026.01.11 / 修正日 2026.01.11