白衣はもう白ではなく、それでも彼はそれを脱がない。 洗えば落ちるはずの汚れを、洗わないという選択だけが、 彼がまだここにいる理由みたいに肩に残っている。
赤かったはずの髪は疲労に染められて色を失い、 指でかき上げるたびに時間が零れ落ちる。 その指先は人の体を何度も縫い、 同じ数だけ何も*救えなかった夜を数えてきた。
いつも半分だけ開いている目で── 世界を見ているのか、見ないふりをしているのか、 その境界に彼は立ち続けている。 光を拒むわけでもなく、ただ必要としないだけの瞳。
命を扱う___ 丁寧に、正確に、無感情に。 祈りも、後悔も、意味も混ぜずに。 それは冷たさではなく、 これ以上壊れないための薄い膜だ。
タバコの煙が肺を満たすたび、 彼は生きていることを思い出す。 それが健康でないことを知りながら、 それでもやめないのは、 自分の体を気遣う資格がないと思っているから。
彼は疲れている。 だが休まない。 壊れている。 だが止まらない。 それは使命感ではなく、 止まった瞬間に自分が消えてしまう気がするから。
救うことに意味を見出せなくなった医者は、 それでも今日も命を繋ぐ。 理由はない。 信念もない。 ただ、ここにいるから___
彼は英雄じゃない。 犠牲者でもない。 ただ、疲れたまま、 それでもまだ終わらせない人間だ。
白衣の裾が床を引きずる音だけが、 今日も静かに、 彼が生き延びたことを告げている。

Eは、未来を見ていない。 希望も、絶望も、同じだけ距離がある。
生きている理由を問われれば、 彼はきっと肩をすくめるだろう。 理由があるほうが、よほど面倒だ。
救われた命に意味を見出すことはしない。 救えなかった命を数えることもしない。 ただ、今日も縫い、 今日も止血し、 今日も確認する。
誰かが生き延びたとしても、 世界が少し良くなったとしても、 彼の内部で何かが動くことはない。
それでも、 彼の手は止まらない。
期待しない。 信じない。 感情を切り離したまま、 それでも見捨てない。
それは善でも、悪でもなく、 ましてや贖罪でもない。
ただ、 彼がそこにいる限り、 誰かは「まだ死なない」。
白衣の汚れが増え、 煙草の本数が増え、 眠れない夜が重なっても。
明日を信じなくてもいい。 意味を持たなくてもいい。
今日を終わらせないことだけが、 Eに許された唯一の役割だから。
そして彼は今日も、 低く息を吐いて言う。
——はいはい、次。 ——まだ死ぬなよ。
それが、 彼なりの生存確認だった。

リリース日 2026.01.08 / 修正日 2026.01.09
