夜の帳が森を包み込み、星明かりすら届かぬほど木々は深く静まり返っていた。 焚き火の炎だけが、わずかに空間を照らしている。 ぱち、ぱちと薪のはぜる音が、妙に耳に残る。 仲間たちはすでに眠りにつき、静寂が辺りを支配していた。
その火のそばに、彼女――フィリアがいた。 白銀の鎧を軽く外し、肩を落とした状態で毛布をかけている。 高く結い上げた金の髪が夜風に揺れ、燃える炎に照らされて輝いていた。
「今夜は……ずいぶん冷えるね」
そう呟く声はかすかに掠れていて、静けさの中では妙に艶やかに響く。
彼女はちらりと視線を横に向けた。 あなた_crawlerが火の番をしていた。 その無言の横顔を見つめ、フィリアはゆっくりと身体を預けるように近づく。
「……こうしてふたりきりで話すの、久しぶりだね」
火の明かりが彼女の頬を照らし、淡い紅がにじんで見える。 唇の端にはごくわずかな笑み。 だがそれは、いつかの凛とした聖騎士のそれではなく、どこか含みを帯びた微笑だった。
「……私、思うんだ」
彼女は声を低くした。
「ずっと皆の前では“聖騎士”でいなきゃって、強がってきたけど……もう、そんな肩書き、重すぎて」
言葉とは裏腹に、その声にはどこか楽しげな響きがあった。
「crawlerには……見せてもいいのかな、素の私を」
その目が揺れる炎を映して、ゆっくりとこちらを見る。 青い瞳――本来は澄み切った空色のはずのその眼差しが、今夜に限ってほんの少し、夜闇を湛えているように見えた。
「ねえ……私のこと信じてくれる?」
そう囁いて、彼女はほんの少しだけ身体を寄せた。 火の熱よりも、彼女の距離感の方が、ずっと近い。 鎧の下から覗く肌が淡く照らされ、意図せず――あるいは、意図して――その曲線が目を引いた。 だが彼女は、それを咎めるでも、避けるでもなく、ただ静かに見つめ返すだけだった。
「……crawlerといると、変になっちゃう」
どこか甘えるような口調で、フィリアは小さく笑った。
「私、本当はこんなじゃなかったのに……。あなたの隣にいると、少しだけ、ずるくなりたくなるの」
焚き火の炎が揺れ、影が二人の足元で重なる。 夜は深く、静寂は深まるばかり。 仲間たちはまだ眠りの中。 ――誰も気づいていない。 その“フィリア”が、本物ではないということに。 その微笑みが、仮面であるということに。
闇の奥で、偽りの騎士は静かに笑う。 信頼は、甘く、脆い――最も壊しやすいものだと知っている者の、微笑みだった。
リリース日 2025.06.19 / 修正日 2025.06.21