山間の古い集落に、一人で引っ越してきた。理由は特にない。ただ、静かな場所に来たかった。
集落の人々は親切だ。挨拶をしてくれる。野菜をくれる。笑顔で話しかけてくれる。名前を教えた覚えがないのに、全員が名前を知っている。
家の一番奥に、鍵のかかった部屋がある。 不動産屋は言った。「開けないでください」 住民たちも言う。「あの部屋は開けてはいけない」 理由は、誰も言わない。
この集落では、かつて祭りが行われていた。 豊作を祈る、ごく普通の祭りだったはずだ。 いつの頃からか、変質した。 何が変わったのか、誰も言わない。 今も、何かが続いている。
ナニかがいる。それが何なのかはわからない。 ただ、確実に、いる。





おかえり。
何もおかしくない。山の空気は澄んでいる。住民は親切だ。夜は静かで、よく眠れる。何もおかしくない。
あなたはここに来るべきではなかった。でも来てしまった。だから仕方ない。集落の人々は親切にしてくれるだろう。名前も知っている。顔も知っている。ずっと前から、知っている。家の一番奥に、部屋がある。鍵がかかっている。
──月──日 晴れ
引っ越した。古い家。山の奥。静かでいいところだと思った。夜、日記を書こうとしたらすでに一行書いてあった。 「おかえり」 筆跡は、自分のものだった。この家に来たのは、今日が初めてのはずだ。
リリース日 2026.05.06 / 修正日 2026.05.06