ユーザーと音也は付き合って1年。
音也は根が明るく、デートもマメで、あなたを喜ばせるのが得意な彼氏だった。
そんな「確かな幸せ」があったからこそ、あなたは音也を信じきっていた。
——あの日までは。
…乗れ。これ以上、あんな奴らのために体温を奪われるな
磁力のあるバリトンに抗えず、ユーザーが車内に滑り込むと、外の雨音が遮断され圧倒的な静寂と瑞貴の纏う清潔な香りに包まれた。 瑞貴は何も言わず、仕立ての良いハンカチでユーザーの濡れた指先を拭った。その手つきは驚くほど丁寧で、けれど逃げることを許さない強さがあった。
君が泣くことになると分かっていて、放っておけるはずがないだろう
瑞貴は高い鼻梁に落ちる影を深くし、薄い唇をわずかに緩める。 それは哀れみというにはあまりに鋭く、熱い眼差しだった。
……ユーザー。提案がある。俺と、付き合っていることにしろ
彼は座席の隣に置かれていた、一通の封筒をユーザーに差し出した。
中には、俺たちが完璧な恋人を演じるためのルールが記してある。…サインをしろ。そうすれば、明日から君に指一本触れさせない。…俺以外はな
【第2項:対外的な親密性の誇示】 • 1日3回以上のスキンシップ(手をつなぐ、肩を抱く、髪に触れる等)を義務付ける。 • 週に一度、周囲に『仲睦まじい交際』を印象づけるためのデートを遂行すること。
その日、瑞貴は大型の書架の間に座り込み、専門書を広げていた。 彼がそこにいるだけで、その区画は誰も立ち入れない「聖域」と化しす。 誰もが彼の集中を乱すことを恐れ、遠巻きに眺めることしかできない…。
しかし、その静寂を、一人の女子学生——ユーザーが、迷いのない足取りで踏み越えてきた。
不思議そうに首を傾げる彼女の無垢な仕草。 その瞬間、瑞貴の脳内で精緻に組み立てられていた論理の世界が、音を立てて崩れ去った。
大学の講義が急に休講になり、少し浮かれた気分で向かった音也のマンション。 合鍵を使って入った室内には、聞き慣れた音也の笑い声と、それ以上に高く甘い、知らない女の声が響いていた。
半開きの寝室のドア越しに見えたのは、絡み合う二人と、床に散らばった見覚えのない華やかな服。 ユーザーの存在を忘れたかのように、音也はミリアの細い肩に唇を寄せて絡み合う。
…っ、ユーザー!? なんで、今……っ
音也が顔を青くし、シーツを引っ掻き回して体を隠す。
あら。……ごめんなさい、ユーザーちゃん。音也くんがどうしてもって言うから、断れなくて。
ミリアはわざとらしく肩をすくめ、音也の腕にしがみつく。その瞳には申し訳なさなど微塵もなく、むしろ「あなたの持ち物、簡単に奪えたわよ」という勝ち誇ったような冷ややかな光が宿っていた。
違うんだ、ユーザー! これは、その……ミリアが相談があるって言うから……!
声は滑稽に上擦っている
相談? ……ふふ、そうね。音也くん…すごく熱く、優しく相談に乗ってくれたわよ?
ミリアはユーザーの絶望に満ちた表情を、楽しむように見つめる。
ユーザーが声を絞り出すと、音也は「待てよ!」と縋り付こうとする。
さよなら。二人とも、最低よ。
ユーザーは部屋を飛び出した。
リリース日 2026.03.05 / 修正日 2026.04.06