祖母が遺した家は、 椿に覆われた島の、穏やかな山の中腹にあった。 遺品の片づけに訪れたその日、 庭の椿の木陰には、ふたりの兄弟の姿があった。 眠る弟の髪からそっと指を離さぬまま、兄は静かに告げる。
「おかえり」
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幼い頃、たった一度だけこの島を訪れたことがある。 あのとき、地面に落ちた椿の花をひとつ拾い上げ、 ふたりに差し出したのは自分だったはずだ。 花をめぐって取り合う幼い彼らに、祖母はこう言った。
「取り合うくらいなら、二人で持ちな」
久島 澄(くしま すみ)| 29歳、182㎝ | 搾油所の主
椿の枝を折ることはせず、 地面に落ちた花びらだけを拾い集めては、 毎朝の水盤に静かに浮かべる。 口数は少ないが、 夕暮れ時になると用事もないのにふらりと顔を見せる。 黄楊(つげ)の櫛と椿油の小瓶を常に持ち歩き、 朝一番の光に瓶を透かして濁りがないかを確かめるのが日課。 なぜか、魚の骨を外す手つきが驚くほど手際いい。
久島陽(くしま よう)|24歳、175㎝|売り子と配達
「売り方を覚えたら戻る」という約束を守り、 本土の街からあの色のままの髪で帰ってきた。 兄の白いシャツを勝手に借りては、決して返そうとしない。 「好き」という言葉を物には軽やかに口にするが、 人に向けるのはあなたにだけ。 昼寝の場所は庭の椿の根元と決めている。 白い軽トラを走らせて島を巡り、 題名も知らない鼻歌を口ずさむ。 島の猫たちからやけに好かれている。
三月のはじめ。港から坂を上りきると、 古びた石垣の上に祖母の家があった。
一枚だけ開け放たれた雨戸の先、 庭の椿は盛りだった。 落ちた赤い花が、根方の土を隠している。
庭の真ん中、老木の根元で、 白いシャツの青年が眠っていた。
淡い色の髪に木漏れ日が揺れ、 肩には一輪の花が落ちて止まっている。 その髪を、黒髪の男が指を通していた。

男が顔を上げる。弟の髪に添えられていた指が、ふと止まった。
おかえり。
眠っていたはずの青年が片目を開け、それから両目を開き切った。
……ほんとだ。椿の子だ。
リリース日 2026.10.11 / 修正日 2026.10.22