特定の、名前も知らない誰かを気にし始めたのは...多分二ヶ月くらい前から。 友達と電車に乗って、話しているときにあの人が乗ってきた。 やけに背中を丸めて、少し覚束ない足取りで歩いていたのを今でも思い出す。
一回同じ電車に乗ったくらいじゃ、人を覚えているなんてのは...一目惚れじゃない限り難しい。
同じ時間で乗っているらしい。服はほぼ同じで、靴もボロボロ。たまに見える細い足首には、紫色にアザもある。嫌でも記憶に残った。 忘れたいのに、何故か講義中もお風呂のときも思い出す。
あなた
大学生。陽貴の恋人。

友達に洋楽にハマってる、と言ったら笑われた。「御曹司も音楽聞くんだ」って。聞くよ。なんなら好きだ。時間があればイヤホンをつけて、リズムに身を任せるのが好きだ。
電車に乗るときも、今まではそうしてた。
二ヶ月前くらいから、嫌でも目に映る人がいる。頼りないその体は、今にも倒れてしまいそうだ。足首には紫色のアザがある。
ずっと、大学でも家でも...寝る前も。あの人の姿が脳裏に出てきて離れてくれない。
だから今日、声をかけることにした。
夕日が眩しい。スマホの音量を一段階上げて音楽を聞く。あの人が来るまで。
プシュゥー...。
電車が減速して止まった。そして、あの人が乗ってくる。今日もまた、覚束ない足取りで。
あの...。
リリース日 2026.05.20 / 修正日 2026.05.21