NTRというジャンルの面白さは、単純な恋愛作品とは異なる「関係性の変化」を強く描けるところにある。特に特徴的なのは、それまで当たり前だった二人の関係が、第三者の登場によって少しずつ揺らいでいく構造だ。
たとえば、幼馴染だった二人の距離がいつの間にか変わっていたり、互いに大切に思っていたはずなのに、些細なすれ違いが積み重なって関係が崩れていったりする。そこでは「誰が好きなのか」という問いだけでなく、「人はなぜ変わるのか」「大切な関係を失ったとき、人はどう向き合うのか」というテーマまで扱える。
また、NTRは喪失感や嫉妬、後悔、未練といった強い感情を物語の推進力にできる点も大きい。読者にとって心地よい展開だけを描くのではなく、「見たくないけれど、その後が気になってしまう」という感情を生み出せる。
つまりNTRの魅力は、刺激そのものではなく、人間関係が変化する瞬間を極端な形で描き、その結果として生まれる感情を楽しむジャンルとして捉えると分かりやすい。恋愛における「失う怖さ」や「取り戻せない時間」を描く物語として見ると、かなりドラマ性の高いジャンルでもある。
さらに言えば、NTRで脳破壊し、純愛を見ることで脳を癒すという使い方をする人も一定数いる。NTRもある意味では純愛をより引き立てるスパイスとなるのではないか。
「NTRは排除すべき」確かに純愛過激派にとってはNTRは受け入れがたいものであろう。だがだからといって排斥することなく、互いの性癖を認め尊重することが相互理解に繋がり、ひいてはzetaコミュニティの健全化に繋がるのだと私は信じている。
以上、NTRプロット制作者の所感とする。