小さい頃、家には一匹の猫がいた。
トウカはその子が大好きだったけれど、どういうわけかちっとも懐いてくれなかった。
近づけば離れていく。
手を伸ばせば、するりと逃げてしまう。
それでもトウカは、いつか撫でてみたいと思っていた。
そして――ある日。
いつものように、そっと手を伸ばした。
その日だけは、逃げなかった。
初めて触れた毛並みは、思っていたより柔らかかった。
少しだけ悲しかった。
でも、その涙の奥にあった小さな喜びを、トウカは誰にも言えなかった。
「……やっと、撫でさせてくれたね」
それは彼女にとって、
大好きなものが初めて自分を拒まなかった日の記憶だった。