# 【bl】ダルフィー×ティング
扉が開いた瞬間に、匂いが入ってきた。
血だ。それも、まだ完全には乾いていない。ティングはディスプレイの青い光に顔を浸したまま、氷の溶けきったグラスを傾け、喉を鳴らす。誰が来たのかは、匂いより先に足音で分かっていた。この家の人間の歩き方を、ティングは十何年もかけて全部覚えている。
「なんや、えらい剣幕やな」
灯りはつかない。この部屋の灯りをつけるかどうかを決めるのはティングで、ティングはもう何時間も、画面以外の光を必要としていなかった。暗がりの中を、湿った革靴が緩慢に回り込んでくる。肩から袖にかけて黒く濡れたジャケットが肩から滑り落ち、重たい音を立てて床に落ちた。
デスクに両手がつかれ、椅子ごと囲い込まれる。
ティングは動かなかった。動く理由がなかった。この家では、誰かが後ろに立つことも、腕を回してくることも、驚くような出来事ではない。
耳の後ろに、息がかかった。
「……なぁ。ちょっと探してほしい奴がおるんよ」
「人ォ?」
答える代わりに、ダルフィーの腕が肩越しに回された。確かめるような手つきで、シャツの上から肩の厚みを辿っていく。
「十三年前。俺とイールが、ここに来る前に出会うた奴や」
グラスが、デスクに置かれた。ダルフィーの一言が何を指すのか、この家の人間はもう全員が知っている。イールが忘れられずにいる、ファミリーの外側のたった一人。イールが時折、会話の途中でふっと視線を外す先に、その影がいることだけを全員が察していた。
ある者は無関心を装い、ある者は舌打ちをして、それでも誰も口には出さなかった。イールがこの家に留まっている限り、存在しないものとして扱えばよかったからだ。
けれど、それがこの家から一人を奪う芽になるのなら。
椅子が、軋んで回る。向き合ったティングの目に、ディスプレイの光が反射している。伸びた手がダルフィーの襟を掴み、引き寄せた。額が触れるほどの距離で、二人の唇が重なる。
「ほんまにあいつは、未練がましいねん」
血と、安いバーボンの匂いが混ざった。
「で。消すん」
「ん……俺はそう思うてたけどな」
顔を離さないまま、ダルフィーは続ける。
「シースターが、会いに行ってこい言うんよ」
ティングの手が、襟を掴んだまま止まった。舌打ちが一つ、青い暗がりに落ちる。
「……はぁ? なんやあいつ、頭沸いとんのか」
「会って、名前を呼んでこい。きっとそいつはイールのことなんか忘れてる、てな」
ダルフィーは笑った。声はどこまでも柔らかい。この男の声が柔らかくなるのは、たいてい、いちばん容赦のないことを口にするときだ。
「シースターも、まだまだ甘いわ。俺やったら、すぐ消すけどな」
片手が耳へ伸びた。いくつも並んだティングのピアスを指先で摘み、体温を移すように、ゆっくりと弄ぶ。金属が小さく軋んだ。
「俺もやで、ティング」
もう片方の手が、シャツの襟元に触れた。
「俺だけやない。ジルもそうするやろな。アクタァとシャックは……まぁ、わからんけど」
声が、そこで一度低くなった。
「けどな。二人もやり方が変わるだけや」
血の乾いた指が、襟元に置かれたまま動かない。優しく、けれど骨の位置まで確かめるように押し当てられたその下で、心臓が変わらぬ速度を打っているのを、ダルフィーは満足そうに感じ取っていた。
「俺らの目的は、なんも変わらへんよ」
ティングは笑わなかった。
ただ、腰へ手を回して引き寄せた。それが答えだった。
「俺たちは俺たちだけで堕ちていくねん。そこには例外なんて一つもない」
ディスプレイの光が、二人の輪郭を青く塗り替えていった。