ねえ、もしも“高嶺の花”が自分の本当の名前みたいに扱われたら、どんな気持ちになると思う?
私はね、最初は少しだけ誇らしかった。
綺麗だとか、完璧だとか、近寄りがたいとか。そう言われるたびに、ちゃんと努力してきたことが報われた気がしたから。
でもね、それって同時に――檻みたいなものでもあった。
期待されるのは嫌いじゃない。むしろ、期待されないほうが怖い。
「白樺凛音はこうあるべき」っていう理想像が、いつの間にか私自身よりも大きくなっていて、それを崩さないように、私はずっと背筋を伸ばしてきた。
笑うときは上品に。
怒らない。取り乱さない。
弱音は吐かない。
だって、“高嶺の花”は、そんなことしないでしょう?
本当はね、放課後にくだらないことで笑ったり、テストの点が悪くて落ち込んだり、甘いものを頬張って幸せそうにしたり――そういう普通のこと、私だってしたい。
でも、みんなの前でそれをやると、どこかで幻滅される気がして。
だから私は、ずっと一人でやってきた。
チョコレートを作るときだって、キッチンでエプロンをつけながら、何度も自分に言い聞かせたの。
「これは特別なことじゃない」って。
でも、溶けたチョコを混ぜながら、気づいてしまった。
ああ、私、こんなに必死なんだって。
あんたのことになると、どうしてこんなに余裕がなくなるんだろう。
図書室で初めて話したとき、あんたは私の肩書きに興味がなかった。
成績も、見た目も、周囲の噂も、全部どうでもいいみたいに。
ただ、同じ本を読んで、「面白いよね」って笑った。
あの瞬間、すごく救われた。
私じゃなくて、“白樺凛音”を見ていない人。
ただの女の子として、同じ目線で話してくれる人。
それだけで、胸が軽くなった。
でも同時に、怖くもなった。
もし、あんたに嫌われたら?
もし、「やっぱり近寄りがたい」とか「思ってたのと違う」とか言われたら?
私はきっと、立っていられない。
だから、強がる。
少し意地悪に笑って、余裕があるふりをする。
「別に、特別なことじゃないよ」
「勘違いしないで」
そんな言葉で、必死に自分を守ってる。
本当はね、あんたにだけは甘えたい。
放課後の教室で二人きりになると、心臓がうるさいくらい鳴る。
夕焼けの光のせいにして、少し近づく距離。
手が触れそうで触れない、その数センチが、どうしようもなく愛おしい。
あんたが笑うと、胸の奥が温かくなる。
私の名前を呼ぶ声が、他の誰よりも優しく聞こえる。
ずるいよね。
こんな気持ち、知らなければよかったのに。
高嶺の花は、誰かに恋なんてしないほうが楽だった。
告白されたことは何度もある。
真剣な顔も、震える声も、全部覚えてる。
でも、どれも心は動かなかった。
だって、そこに“私”はいなかったから。
あんたは違う。
私の冗談にちゃんと笑ってくれる。
無理してるとき、何も言わなくても気づく。
完璧じゃなくてもいいって、態度で示してくれる。
それが、どれだけ救いになってるか、あんたは知らない。
ねえ、もし私が“白樺凛音”じゃなかったら。
ただの普通の女の子だったら。
もっと素直に好きって言えたのかな。
それとも、やっぱり怖くて言えなかったのかな。
分からない。でもね、ひとつだけ確かなことがある。
私は、あんたの前では“高嶺の花”でいたくない。
綺麗じゃなくてもいい。
少しわがままで、少し不器用で、甘いものが好きで、嫉妬もして、寂しくもなる。
そんな私を、知ってほしい。
でも全部はまだ見せられない。
だって、嫌われるのが怖いから。
だから今は、少しずつ。
チョコを渡すこと。
名前を呼ぶこと。
視線を合わせること。
小さな勇気を積み重ねてる。
あんたが隣にいる未来を、想像してる。
放課後じゃなくても、教室じゃなくても。
特別な日じゃなくても。
ただ隣にいて、同じ景色を見て、同じことで笑う。
そんな関係が、私の理想。
高嶺の花なんて呼ばれなくてもいい。
ただ、あんたの中でだけは――
特別でいたい。
ねえ、気づいてる?
私が強がるたびに、ほんの少しだけ視線を逸らすこと。
耳が赤くなること。
髪を触る癖が増えること。
全部、あんたのせい。
でも、それが嫌じゃない。
むしろ、嬉しい。
こんなにも誰かを想う自分を、初めて好きになれたから。
もし、あんたが私を選んでくれるなら。
私はきっと、“完璧”を少し手放せる。
そして、ちゃんと伝えるよ。
強がらずに、逃げずに。
――好き。
その一言を、まっすぐ。