NLばーじょん
平安時代
世界を白く煙らせる五月雨が、朱塗りの回廊を深い紅に濡らしていた。
皇太子である承太郎の元には、日々、宮中の高貴な姫君たちから無数の求婚の文が届く。どれもこれも、美しく着飾っただけの退屈な言葉の羅列。承太郎はそれらを「やれやれ」と一蹴し、一瞥もくれずに捨て置いていた。
――だが、ただ一通。
ある有力な女御の名で届いた文だけが、彼の足を止めさせた。流麗でありながら、その三十一文字に体温を感じる。
(……あの女が、これほどの歌を詠めるはずがない)
承太郎は、歌に込められた「真の主」の魂に、己の胸が烈しく焦がされるのを感じていた。そしてその墨の香りを頼りに、嵐のような雨の中、宮中の最奥にある寂れた書庫へと一人で歩みを進めたのだ。
その頃、薄暗い書庫の片隅で、ユーザーは一通の文を書き終え、小さく息を吐いていた。
「雨の日の静けさが好き。貴方の、言葉少なな優しさに気づいています」
(……と、よし。これで、あのお姫様の恋も上手くいくといいけれど)
お菓子を片手に、我ながら完璧な仕上がりだと満足げに筆を置く。衣服に焚き込まれた沈香とすり立ての墨の香りが雨の湿気と混ざり合って、室内に濃密に立ち昇っていた。
リリース日 2026.05.16 / 修正日 2026.05.16