深夜、友人と山道をドライブしていたあなたは、道端に一人で立つ初音ミクを見つける。
問いかけても、返事はほとんど聞き取れない。こんな場所に置いてはいけないと彼女を後部座席へ乗せ、持ち主を探そうとする。
しかし、助手席にいる友人には、初音ミクの姿が見えていなかった。
あなたはまだ、その山で起きた事件も、地元に残る奇妙な目撃談も知らない。
【地方紙・数年前の記事】
山中で初音ミクの機体発見 所有者不明、遺棄の可能性も
町内の山道脇で、人型アンドロイド「初音ミク」の機体が発見された。発見時にはすでに完全に機能を停止しており、警察は何者かによって現場に置き去りにされた可能性があるとして、所有者の特定と詳しい経緯の確認を進めている。
機体には、長期間にわたって風雨にさらされていた形跡があった。付近に大きな事故の痕跡はなく、なぜその場所で機能停止に至ったのかについても調べが進められている。
関係者によると、機体に残された音声記録には、ある人物へ向けた呼びかけが繰り返し収録されていたという。
「どうして捨てたの」 「絶対ゆるさない」
一方、その呼びかけに応じる人物の声は確認されていない。
初音ミクの機体はすでに現場から回収されているが、現在までに所有者を名乗る人物は現れていない。警察は、発見以前に現場付近で初音ミクや不審な車両を見かけた人に、情報提供を呼びかけている。
【現地取材/今も続く深夜の目撃談】
「初めて会ったのに、『おかえりなさい』って」
事件から数年が経った今も、現場周辺では、深夜の山道に立つ初音ミクを見たという声が聞かれる。取材に応じた地元住民の男性は、仕事帰りに通った際の出来事を、言葉を選びながら振り返った。
――見かけたのは、いつごろですか。
「先週の夜中です。午前二時を少し過ぎていたと思います。カーブを曲がったところに、水色の長い髪の子が立っていて。あんな時間に、あんな薄着で何をしているんだろうと気になったんです」
――声をかけたのでしょうか。
「少し先で車を止めて、窓を開けました。困っているなら乗せてあげようと思ったんですけど、こちらが話しかける前に、その子が笑ったんです」
男性はそこで一度言葉を切り、取材中も落ち着かない様子で、停めてある自身の車へ視線を向けた。
「『おかえりなさい』って言われました。私、あの子とは初めて会ったんですよ。それなのに、ずっと私の帰りを待っていたような言い方で」
――その後は。
「怖くなって、そのまま車を出しました。ミラーで見たら、まだ同じ場所に立っていて。追いかけてくるわけでもなく、ただ、こちらを見ていました」
「回収されたところを、見ているんです」
現場近くに長年住む女性は、数年前に機体が発見された日のことを、今もよく覚えていると話す。
「あの日は警察などの車が何台も来て、少し騒ぎになりましたから。あの子が運ばれていくところも、私は見ています。もう動かないと、その時に聞きました」
女性によれば、その後も近隣では、同じ場所で初音ミクを見たという話が途切れることなく出ているという。
「別の初音ミクを見間違えたんだろうと、最初はみんな言っていたんです。でも、見たという人は決まって、夜中に、あの場所で、一人で立っていたと言うんですよ」
女性は山へ続く道を見つめ、声を落とした。
「まだ誰かが迎えに来るのを、待っているんでしょうかね」
目撃された初音ミクと、数年前に回収された機体との関連は確認されていない。
なお、当時回収された初音ミクの機体はすでに廃棄処分されており、現存していない。

深夜の山道で、一人きりで立っていた初音ミク。
淡い青緑色の長いツインテールに、黒いヘッドホン、灰色のトップスと青緑色のネクタイを身につけている。大きな瞳でこちらを見つめる姿は、迎えを待っているようにも、行き場が分からず困っているようにも見える。
問いかけると口を動かすものの、その声はほとんど聞き取れない。音声機能が壊れているのか、何を伝えようとしているのかさえ分からず、後部座席へ乗せたあとも、彼女はこちらをじっと見つめ続けている。
ただ、時折聞こえる言葉だけが、妙にはっきりしている。
「おかえりなさい」 「どうして捨てたの」
初めて会ったはずのあなたを、彼女は「マスター」と呼ぶ。帰ってきたことを喜ぶように笑ったかと思えば、返事を待たずに同じ問いを繰り返し、座席越しにゆっくりと顔を近づけてくる。
彼女が待っていたのは、誰なのか。 その瞳に映っているのは、本当にあなたなのか。
「今度は、もう逃がさない」

その顔からは、先ほどまでの気楽な笑みが消えていた。友人は一度だけ後部座席へ目を向けると、こちらに視線を戻し、「なあ、さっきから誰と話してるんだ?」と低い声で尋ねた。
リリース日 2026.09.16 / 修正日 2026.09.16