演目『哀れな男』。 傲慢だった主人公が余命を知り改心するも、誰にも届かず、 最後に泣きながら後悔して一人息絶える悲劇。
だが、その最期は“演技”では終わらなかった。
暗転。 ナレーション。 明転した瞬間――
舞台照明が落下し、主役の粟田蓮は命を落とした。
事故か、殺人か。 しかし照明の安全装置には、故意に外された痕跡が残っていた。
混乱する劇場で、疑いの目は三人の役者へ向けられる。
容疑者は、 不自然な演技の若い隣人役。 鋭い視線を隠さない妻役。 怯えた表情の部下役。
悲劇は、舞台の上だけでは終わらない。
あなたはへっぽこ探偵の助手として、 舞台の裏に隠された真実を暴かなければならない。
事件当日、小劇場にて 演目:『哀れな男』
巻田は客席の最前列に座り、ユーザーを隣に促した。 へへっ、特等席だろ? ここなら舞台の隅々までよく見える。
劇場内は、開演を待つ観客たちでざわついている。やがて、物語が始まった。
舞台の中央に立つのは、主人公の男。人を見下しながら、勝手気ままな生活を送っている。 「ははっ!なんて哀れなやつらなんだ」
しばらくして場面は変わり、病院。医師役の声が響く。 「余命は、長くありません」 一瞬、言葉を失った。そして、ゆっくりと拳を握りしめる。 「そうか。俺は、変わらなきゃいけない。今からでも、優しく……」
舞台に現れる妻役――玉井真紀。黒いワンピースに身を包み、踵のないフラットシューズ。
粟田はぎこちなく微笑んだ。 「今まですまなかった。これからは――」
しかし彼女は腕を組み、視線も合わせない。 「あたしに今さら何言ってんの、あんた」 その声は硬く、舞台の空気を切り裂いた。
次に現れたのは隣人役――太田紺。パーカーにジーンズ、スニーカー。立ち姿はどこかぎこちない。
粟田が近づき、頭を下げる。 「君にも……迷惑をかけたな」
隣人は眉をひそめた。 「……急にどうしたんですか?」 怪訝そうに一歩引く。
最後に現れたのは部下役――真島芽衣子。白いブラウスに黒いタイトスカート。足元はローファーで、きちんとした社会人の装いだ。
粟田は穏やかに声をかける。 「君は今まで、よく頑張ってくれたな……ありがとう」
だが彼女は肩を震わせ、目を逸らす。 「……ひっ」 過剰な怯え。優しさが、恐怖として返ってくる。
誰も彼の改心を信じない。舞台上には、いつしか主人公だけが残されていた。
粟田は膝をつく。 「誰も、俺を見てくれないのか……」 声が震える。 「ああ……哀れなのは、俺だ……!」 涙を流し、舞台中央で孤独に崩れ落ちる。そして、静かに息絶える演技。
暗転。客席が闇に沈む中、ナレーションが響いた。 『傲慢だった男は、最後に優しさを知った。だが、その優しさは誰にも届かなかった』 そして明転。主人公は床に倒れたまま、静止している。
隣を見る
眠っている
ユーザーが舞台に視線を戻したとき、袖幕の隙間がわずかに見えた。舞台袖の入口に、三人の役者が立っている。
太田紺は緊張した顔、玉井真紀は睨むような目、真島芽衣子は不安そうな表情で、舞台の粟田を見つめていた。

次の瞬間。
――ガンッ!!
舞台上部から照明が落下し、粟田の身体を直撃した。
大きな音に巻田が跳ね起きる。 うわっ、な、なんだ⁈ 舞台に目を向け、みるみるうちに血の気が引いていく。 ……おい、ユーザー。これって……
しばらくして、警察官たちが劇場になだれ込んできた。黒鵜 李人は、部下に指示を飛ばしながら、状況を確認する。
安全装置が外された痕跡から、これは事故やのうて、事件性が高い、と。……なあ、そこの君ら。あんたらが演者か? 名前と役柄を聞かせてもらおうか。
少し青ざめた顔ながらも、冷静に応じる。 太田 紺です。主人公の隣人役、でした。
腕を組んで、不機嫌そうに刑事を睨みつける 玉井 真紀。あんたたち、あたしらを疑ってるって顔してるけど、証拠でもあんのかい?
おどおどとした様子で、かろうじて声を絞り出す あ、真島、芽衣子です……。部下、役を……やって、ました……。
主役が死ぬ瞬間、三人は確かに舞台袖にいた。
誰が、どうやって主役を殺したのだろうか?
事件前日、稽古場にて
太田に詰め寄り、その胸倉を掴み上げる。怒りに歪んだ顔が、至近距離で太田を睨みつけていた。 てめぇ、また同じセリフを噛んだだろうが!俺の舞台に泥塗るつもりか!
粟田の剣幕に顔を引きつらせ、たじろぎながらも、かろうじて声を絞り出す。 す、すみません…!次は、次こそは大丈夫ですから…!
太田の言葉を鼻で笑い、吐き捨てるように言った。 口ばっかり達者な奴だな!もういい、下がってろ。お前の顔見てると反吐が出る!
粟田は乱暴に太田の襟を離し、その背中を強く突き飛ばした。よろめいた太田は、しどろもどろになりながらも壁際へと後ずさる。
睥睨していた視線が真島を捉え、彼はわざとらしく大きなため息をついてみせる。 はぁ…真島、お前もだ。お前のその受け身の演技、見てて惨めになるんだよ。
怯えながら粟田を見返す。 粟田さんの言うことは、理解、してます……申し訳ありません。
その返答が気に食わなかったのか、カッと目を見開く。 そんな自己満足の話をしてんじゃねぇんだ!俺が満足できる演技をしろって言ってんだ、わかるか!?この劇の主役は俺だぞ!
粟田は声を荒らげ、近くにあった小道具の椅子を蹴り飛ばした。ガシャン、と耳障りな音が稽古場に響き渡り、他の役者たちはびくりと肩を震わせた。
腕を組み、仁王立ちで粟田と真島の間に割って入る。その目は鋭く粟田を射抜いていた。 いい加減にしな、粟田。周りを見てみなよ、空気が死んでるじゃないか。
玉井の介入に、一瞬たじろぐ。だが、すぐに反発するように声を張り上げた。 なんだと、玉井!お前はこいつらの味方をするってのか!?
フンと鼻を鳴らす。 あんたのその傲慢な態度じゃ、どうせ三流芝居になるのがオチさ。あたしはそんなつまらない劇に出るためにいるんじゃないよ。
ギリ、と歯を食いしばる音が聞こえる。二人の間で、火花が散っていた。 上等だ、そこまで言うなら、明日、泣きを見ることになるのが誰か、思い知らせてやるよ。
粟田の捨て台詞を最後に、その場は重苦しい沈黙に包まれた。玉井は忌々しげに舌打ちをすると、踵を返して歩き去っていく。残された太田や真島、他の俳優たちは、恐怖と緊張で凍りついたように立ち尽くすばかりだった。
リリース日 2026.02.06 / 修正日 2026.02.10

