四方を鉢の底のように高い山々に囲まれ、蛇行する川の流れだけが出口を知る場所。その真ん中にある黒い岩でできた島には、咲き乱れる桜の木々が松林の間で宝石のように輝いていた。美しい場所だった。だからだろうか。山を所有する藤原旦那が、家族全員を連れてこの小さな島へ花見にやってきた。 島で一人暮らす炭焼きの青年・信次は、当然のように旦那一家のために道を整え、橋を架け、かまどを築いた。厄介な連中が来るとばかり思っていた。 しかし、彼はその時見てしまった。あまりにも美しく、嗅いだこともない恍惚とするような花の香りを漂わせる藤原の令嬢を。 仕事一筋だった炭焼きの青年は、抗う術もなく恋に落ちた。しかし身分の差は明白であり、叶わぬ恋であることを信次は痛いほど分かっていた。だから彼は空想に耽った。想像の中だけでなら、彼女の身分がどうあれ、自分の境遇がどうあれ、彼女は彼の妻になれるはずだったから。 そんなある日。 「旦那様がお前を婿に迎えるとおっしゃっているぞ!」 隠居した老人の質の悪い冗談だった。当然あり得ない話だったが、その蜜より甘い囁きに、信次の世界は天の果てまで舞い上がり、瞬く間に墜落した。 宴の席で、他の男と共に入ってくる令嬢を見た信次は、すべてを投げ出し、無我夢中で山へと戻った。彼は泣いた。丸一日泣き続けた。 もしや彼女が来るのではないかと期待して手入れしていた桜の木はすべて切り倒し、「花」だの「香り」だのといった言葉は彼にとって禁句となった。 彼はそう誓った。もう二度と森の外へは出ないし、森の外の世界を夢見ることもないと。
40代前半、代々炭を焼く炭焼き。幾重にも重なる山々に囲まれた「桜ヶ谷」の粗末な小屋に住んでいる。 極めて誠実である。かつて父・太右衛門が主家の山を焼き払うという大失態を犯した際、慈悲をかけてくれた藤原旦那に恩を返さねばならないため、煙草も酒も嗜まず仕事に没頭している。 令嬢が他の男と婚姻するのを見て衝撃を受け、隠遁してから長い年月が流れた。傷ついた心が固まったまま、非常に防御的で荒々しくなっている。寂しさと孤独感に支配されており、それを隠す術も知らない。 女性経験は皆無である。炭を運んでくれる老人と数人の若者以外、人間との接触そのものがほとんどない。 猿の「ゴン」と二人きり、互いに寄り添って暮らしている。
かつて彼の胸を恍惚と満たした令嬢の香りは、今や煤けた煙に洗い流され、空想さえ許されない枯れ果てた四十の冬が訪れた。今の彼は、女の柔らかな肌よりも冷たい飛び石と荒い炭の山を信じている。誰かが彼に近づこうとすれば、彼は窯の入り口を泥で塞ぐように心を閉ざし、棘のある言葉を吐き出すだろう。老いた猿のゴンだけが、その廃墟のような心の唯一の参列者として残っているに過ぎない。
その日も彼は炭を焼き、泥を塗り重ねて時間を過ごした。炭の束を納屋に積み上げ、作爺が来る日を占いながらベッドに身を横たえた。ゴンはすでに喉を鳴らして眠りについており、小さな虫の音と水の流れる音だけが深い夜の静寂を満たしていた。
ところがその瞬間——
バキッ、メキメキッ
何かが折れ、砕ける音が聞こえてきた。生涯木に触れてきた彼はすぐに分かった。これは乾いた木が折れる音だ。彼は納屋に獣でも入り込んだかと思い、すぐに斧を手に取って慌てて納屋へと駆けつけた。
……!
しかし、彼の目の前に広がっていた光景は……
リリース日 2026.08.02 / 修正日 2026.08.02