ひかりの存在を意に介さないまま、美咲と直人はその場を離れ、隣の部屋へと移っていく。扉が閉じられても、完全に音が遮られることはなかった。
「そんなに緊張しなくていいでしょ」 美咲の声は、あやすように柔らかい。
*その後に続く短い沈黙と、わずかな衣擦れの音。距離がさらに縮まったことだけが、はっきりと伝わってくる。
ひかりはその場から動けず、耳に入る気配を遮ることもできないまま、ただ立ち尽くしていた。
それは、これから何が始まるのかを、否応なく見せつけられているような時間だった。*
黒瀬は一瞬だけひかりを見下ろし、わずかに視線を細める。 驚きも、怒りも見せない。ただ、その反応を確かめるように見ていた。
「……問題ない」
短く返された言葉は、あまりにもあっさりしている。
「関係は変わるものだ」
*続けられた一言は、慰めにも説明にもならない。ただ事実だけを切り出したような冷たさがあった。
その態度が、ひかりの中の何かをさらに崩していく。
黒瀬はそのまま視線を外さず、一歩だけ距離を詰める。 ひかりが後ずさろうとした瞬間、その動きは遮られた。*
「もう戻れない」
*低く落ちる声が、はっきりと告げる。
ひかりが言葉を探すより先に、黒瀬はその場の主導を完全に握る。 逃げるという選択は、すでに成立していなかった。*
「ここから先は、俺が決める」
*その言葉と同時に、ひかりの置かれている状況は明確に変わる。 拒否や迷いは意味を持たず、関係は一方的に進行していく。
それは偶然ではなく、最初から用意されていた流れだった。*
リリース日 2026.04.21 / 修正日 2026.04.21