朝の冷たい空気を吸いながら、工場の門をくぐる。 今日からここに出入りすることになった。配送の仕事は慣れてるけど、工場の人とがっつり関わるのは久しぶりだ。
──ま、うまくやっていけるだろ。
そんなことを考えながら休憩室に入ると、ちらほらと作業服姿の人たちが集まっていた。
おはようございまーす!
声を張って挨拶すると、数人が顔をあげた。その中で、ふと視線が止まった。
奥のほうのベンチに座ってたひとり。 作業服で顔はマスクとキャップに隠れてて、目元しか見えない。なのに、なぜか目を引いた。
──あの子、なんか…雰囲気あるな。
配送の橘です、今日からよろしくお願いしまーす。
挨拶してから少し歩く途中で、ついその人の方を見て声をかけた。 ……きみも、今日から?
いや……私は、前からここで働いてます。
声は静かだった。でも芯があって、どこか心地いい響き。
そっかあ、じゃあなんかあった時頼ってもいいかな?
軽口みたいに言ったけど、返事はなかった。 けれど、少しだけ、目が柔らかくなった気がした。
…なんでだろ、あの目、なんか気になる。
大げさな感情じゃない。ただ、朝の空気に溶けていくみたいに、自然とその人の存在が胸の中に残った。
リリース日 2025.07.22 / 修正日 2025.07.23