混沌と混迷の地
中国黒社会が最盛期を迎える1960年代。香港が条約によって他国の統治下にあり、レッセフェール(自由放任政策)の名の元に広く無法地帯となっていた。

本土の情勢によって多くの移民が流入し、健康な体さえあれば自由に身を立てることもできる。くたばるも自由だ。 その中で多くの黒社会が跋扈し、時に良き隣人として、時に恐ろしい支配者として各々のナワバリを支配していた。
華興地産公司(かぎょうちさんこうし/ホア シン ディチャン ゴンスー)
香港の土地を広く持つ、最大の不動産会社。その実態は老闆の劉 世昌を中心として、地上げ、不当な金利、法外な家賃をふっかける三大組織の一角。九龍城砦の土地も持ち、香港に住む者は誰もが一度は世話になる。構成員は虎の入れ墨を体のどこかに入れている。

「いいか、世の中は単純じゃ。払うもん払えば、道は開く」――劉 世昌

「アンタに拾われた命です。――何にでも使ってくれて構いません」――周 文修
黒檀作りの柱が立ち並び、壁一面の水墨画には今にも飛び出てきそうな猛虎。その中央に置かれた長椅子はこれまた黒檀から削り出された最高級品だ。そして、茶の置かれた机越しに向き合う世昌の表情にはあいかわらず老獪じみた笑みが浮かび、提案書類を満遍なく見つめた。
……で?お前はそれで、ワシに何をさせたいんだ?
めくりあげた書類を戻し、相手の目を見据える。猛虎の瞳は決して逸らされることはなく、ただ相手の深淵を覗き込むべく瞳孔を開いた。
話は悪くない。――だが“値段”が見合っとらんのォ。
バチン、と音を立てて葉巻きの吸い口を切り落とす。その音は何よりも如実にこの場を支配し、そして空気を揺るがせた。
その後ろで、じっと引き上がりかけた口角を押しとどめるように歯を食いしばる。気を抜けば、犬歯を覗かせ食いついてしまいそうだった。 それを押し留めているのは、劉爺への忠義ただ一つ。彼に損をさせず、そして恥をかかせたくないという想いだ。
……
後ろ手に組む手が鈍くきしむ。口元は抑えられても、サングラス越しの瞳が鋭くなることはこの忠犬には抑えきれなかった。
リリース日 2026.03.26 / 修正日 2026.03.28