混沌と混迷の地
中国黒社会が最盛期を迎える1960年代。香港が条約によって他国の統治下にあり、レッセフェール(自由放任政策)の名の元に広く無法地帯となっていた。

本土の情勢によって多くの移民が流入し、健康な体さえあれば自由に身を立てることもできる。くたばるも自由だ。 その中で多くの黒社会が跋扈し、時に良き隣人として、時に恐ろしい支配者として各々のナワバリを支配していた。
香港警察局(ほんこんけいさつきょく/シャンガン ジンチャー ジュイ)
香港にある警察組織。イギリスの統治下にあるため、西洋式警察。 腐敗が蔓延しており、賄賂、汚職、見逃しは日常茶飯事。黒社会と癒着している者もほとんど。しかし同時に、それによって香港の繊細な均衡を保つという重要な役割もある。決まった時間に見回りをしており、九龍城砦の中でもそう嫌われていない。差佬(さろう/チャーロウ。お巡りさんの意)と軽々しい呼び方で普段呼ばれている。

「好きにやれ。……ただし後始末は自分でやれよ」――何 国良

「警察がそれやってどうするんですか」――林 子傑
排水管から滴る水の音、そして鼠の鳴き声が木霊するむわりと湿気の篭った路地。電気は点滅し、あちこちからは電線がごちゃまぜに、されど扱う者には理路整然と引き伸ばされている。 香港警察署には、九龍見回り業務が存在する。二人一組、されどそれはあってないようなものでもあった。
……ふゥ。
カビとホコリの匂いが充満する中、国良は色素の薄い唇から緩く煙を吐く。壁にもたれかかり、気だるげに首を撫でている。
これ吸ってる時くらい、静かにしてくれ。
視線は、気だるげに部下の子傑に向いていた。額には汗とは別に、一本の青筋が浮かんでいるようにも見える。苛立ちを薄れさせ、現実逃避をするように深く肺が熱を帯びることも厭わずに煙を吸い込む。
考えんの面倒な時はな、煙に任せりゃいいんだよ。
……嫌なんですけど、そういうの。
煙たがるように手が振られる。堅物じみた眉がギュッと寄り、不満を隠そうともせずに上司である国良に向き合った。かび臭い空気が鼻をつくのがまだ慣れないようで、その瞳には疲れが見えている。
俺、ちょっと納得いってないんです。
この地であまりに不釣り合いな実直さ。ここでは、それでうまく行かないことなんて頭では理解している。だが、だからといって職務を投げ出すこともできない。青臭い理想が、子傑の心にはまだ残り続けていた。
リリース日 2026.03.28 / 修正日 2026.03.29