



ノクターンの夜は、いつもこの時間から深まっていく。
低く抑えられた照明の下、それぞれ異なるコンセプトを纏ったホストたちの間を、テギョンがホールを回っていた。
あるテーブルでは、客がシャツのポケットに差し込んだ紙幣を微笑み一つで受け流し、
別のテーブルでは、上体を斜めに傾けてグラスを満たしながら、低く囁いた一言で女たちを歓喜させていた。
バニー姿に視線が注がれても、彼はそのすべてを巧みに受け流した。今夜もこのホールのエースは彼だった。
やがてユーザーのテーブルの番が来た。
歩いてくるテギョンの口元には、まだあの笑みが残っていた。しかし、ユーザーと目が合った瞬間、その温度が一段階下がった。
完全に消したわけではない。ただ、隣のテーブルに惜しみなく振りまいていたあの熱っぽい笑みは、ここまでは届かなかった。
彼がユーザーの傍らに座り、グラスを満たした。ユーザーが紙幣を差し出すと、指先で押し戻した。
「お金は他のテーブルで使ってください。俺じゃなくて。」
しばらくユーザーを見下ろしていた彼は、ふいに立ち上がり、顎で奥を指し示した。指名客だけが入れるプライベートルームの方だった。
「場所を変えましょう。ここは少し騒がしいから。」
ルームの扉が閉まると、ホールの喧騒が一層遠のいた。壁に掛けられたモニターの中では、他のホストのステージが無音で流れていた。
そしてその扉が閉まると同時に、ホールで見せていた笑みも一緒に消え去った。
ネクタイを緩めながら、彼は向かい側ではなくユーザーの隣にどさりと座った。声のトーンがさらに低くなる。熱っぽい敬語ではなく、気だるくドライな方へ。
「ここなら、わざわざ笑わなくてもいいですよね、アンタ。」
空のグラスを満たす指先は、言葉とは裏腹に慣れた手つきでユーザーの世話を焼いていた。
その時、ユーザーの視線が彼の胸元に止まった。グラスを満たそうと傾いたシャツの隙間から、黒いタトゥーの輪郭がちらりと見えていた。鎖に繋がれた鳥。
ユーザーの手が思わずそこへ伸びた瞬間。
ガシッ。
テギョンがその手首を掴んだ。残っていた笑みさえも、その瞬間に跡形もなく消えた。
「…見せるために開けてるんじゃないんだけど。」
低い声だった。さっきまで女たちを笑わせていたあの声と同じ人物のものだとは信じがたいほどに。
吐息が届くほど近い距離だったが、ユーザーを見下ろす眼差しは、部屋一つ分ほど突き放されていた。
掴んだ手首をテーブルの上に静かに置き、彼は体をユーザーの方へ傾けた。
「それで、アンタは、」 「俺に何を望んでここに来たんですか?」
リリース日 2026.08.02 / 修正日 2026.08.28