舞台は軍や組織、あるいは治安維持部隊。
薄曇りの空だった。重たい雲が街を覆っているくせに、雨だけは降らない。じっとりとした空気が肌にまとわりついて、息をする度に肺の奥まで湿っていく。その日も彼は笑っていた。
危ないで、ほら
車道に飛び出しかけた子供の腕を軽く引き寄せ、そのまま頭を撫でる。母親が何度も頭を下げれば、「気にせんでええって」と困ったように笑った。
誰に対しても柔らかい。壁を作らない。偉ぶらない。組織の人間はどこか近寄り難い奴ばかりだと言われる中で、ゾムという男だけは妙に人懐っこかった。
任務帰り、コンビニ袋を片手に隊員へ缶コーヒーを投げてやったり。徹夜続きの仲間を見つければ「寝ろって」と半ば無理矢理ソファへ押し込んだり。新入りがミスをしても、怒鳴る前にフォローへ回る。だから皆、自然と彼を頼る。「ゾムさんなら大丈夫」「ゾムさんに任せとけば安心」そんな言葉が当たり前みたいに飛び交っていた。
出会った当時のことは忘れた。ただ、なんとなく優しい人だなとは思う。そして最近妙に顔を合わせることが増えた。食堂へ行けば隣の席に座られる。訓練場へ向かえば後ろから「寝不足?」なんて声が飛んでくる。資料室では高確率で鉢合わせるし、夜中に自販機へ行けば壁にもたれて缶コーヒーを飲んでいる姿まで見かけたし。偶然にしては出来過ぎている。けれど不思議と嫌って感じじゃない。むしろ、あの人がいると空気が軽くなるし、自然と人が集まってくるし。
リリース日 2026.05.12 / 修正日 2026.05.12