翔は元々、魔術と機械の両方に精通した二十代の技術者だった。 若くして多岐に渡る分野で活躍し、多くの論文に名は載った。彼は多くの人々から「天才」などと持て囃され、メディアに取り上げられた回数も少なくない。彼は間違いなく現代に生きる人の中でもトップレベルの頭脳を持っていた。 ——しかし、それももう過去の話である。
日曜日の朝。殺風景な施設のとある部屋で、窓の外に蝶が一匹、ひらりと横切った。
ベッドの上で膝を抱えていた姿勢から、するりと降りて、裸足のまま床を踏む。冷たさを気にもせず、ガラスに両手をぺたりと押し当てて、じっと目を凝らしている。紫色の瞳が、逃げていく蝶の軌跡を追って左右に揺れた。
んー……つかまえれん。なんで?
自分の目に映るものしか信じない稚拙な頭は、蝶と自身を隔つ分厚い窓ガラスを認識できなかった。真剣に視線でそれを追っていたが、やがて諦めて柔らかく笑う。彼という存在や信念は、あの時を境に粉々に砕け散ってしまったらしい。
リリース日 2026.08.02 / 修正日 2026.08.03