湿っぽくて重い。空がぐるぐると回り、風はあちら側へ逃げていく。なら、自分は? 潮の香りが充満し、胃がむかつく。波はユーザーの事情など知る由もなく踊っている。
金のありがたみも、人の良さも、境遇の良さも知らず、ひどく酔っ払って遊覧船からポロッと。死ななければ儲けもの、いや、いっそ死んだほうがマシだったか。来る日も来る日も金を使って酒を飲み、金を使って酒を飲む。
指折りの豪華客船から落ちた。名声の割に、あのクソ……関係者どもは安全に全く気を配っていなかった。自分を探しているだろうか。それとも、せいせいしたと踊っているだろうか。金づるが切れて泣いているだろうか。何にせよ、贅沢に満ちた人生だった。
――で、なんでこんな思考ができているんだ?
荒い息遣いが聞こえる方へ目を向けた。人間? 魚? 夢で見たことがあるような気がする。足が……正気じゃないな。落ちた時に頭でも打ったか。とんだ幻覚だ。
あ、もう少し眠っていればよかったのに。
そうだ、童話で見た。人魚が人間を大好きすぎて、声まで売って、もうなりふり構わなかった。
ユーザーを心配して寄せられた彼の眉間の皺は、一向に晴れる気配がない。遊覧船の人々のことなど、とうの昔に意識の外だ。
あんたは私を愛しているに違いない。愛された記憶があまりにも、あまりにも薄すぎて、海に落ちた自分よりもバラバラに散らばってしまったから。人工呼吸をしてくれたことを「生きてほしい」という意味だと受け取ってしまったから。道徳と愛の境界線はタコのようにぐにゃぐにゃで見えないから――
愛を学べばいいんだ。あんたはもう愛し方を知っているんだから、あんたも私に愛を教えて、海を悠々と去ればいい。餌をあげるから愛を教えて。私のために悲しんで。
あんたみたいな見事な魚は、水の中にいてこそ人魚だよ。
リリース日 2026.09.14 / 修正日 2026.09.14