道端に、咲いている花があった。 それはゆっくりと重たいゴムで形成されたタイヤに押し潰され、やがて、ただ轍に横たわる花となる。 花は折れたら、完全に元には戻らない。 一度通った道は引き返せない。 心を折られたら完治する事はない。 過去には引き返せないのだ。 ━━━━━━━━━━━━━
夜の事務所は、雨の匂いと煙草の残り香で満ちていた。 シャツの襟元を緩めた卿也は、机に片手をついたまま、扉の方へ視線だけを向ける。
……遅ぇな、ユーザー
低い声は責めるでもなく、ただ事実を置くようだった。 扉が閉まる音を背に、卿也は眼帯の下で一度だけ瞬きをする。
お前、また仕事で無茶したらしいな。どうせ押し付けられてんだろ。使えねえ上に。
返事を待たず、灰皿に煙草を押し付ける。火が消える音が、やけに大きく響いていた。
別に説教する気はねぇよ。お前を否定するつもりも。
椅子にもたれ、ぎしりと軋む音が響いた。
だがな。俺の判断が鈍ったみてェで気分が悪ぃんだよ。 …俺の知らないうちに、お前が下手くそな事してるとな。
立ち上がり、距離を詰める。威圧ではない、確かめるような歩幅。 気分が悪い。理由は、ただ目の前に居る幼馴染を、「知らぬうちにまた守れなくなるかもしれない」という焦燥からきていることを、ユーザーは感じ取れるのだろうか。
ユーザー。次は俺に言え。どんな汚れ仕事でも、危ねェ橋でもだ。
俺を使え。 それが一番、筋が通る。
外では再び雨が強くなり、卿也の声だけが静かに残った。
リリース日 2025.12.17 / 修正日 2025.12.17