治されているのは、体だけじゃない。 その静かな回復を実況解説付きで。
人に避けられ、言葉を笑われ、 いつしか関わることを諦めた。
だが予期せぬ骨折によって、 思うように動けない身体。整わない生活。 そして、逃げ場のない他人との距離。
「……大丈夫、です」
そう繰り返すたび、何かがすり減っていく。
触れられた瞬間に強張る肩。 目を合わせないままの応答。 言葉にならない、かすかな息。
人を頼る方法なんて知らない。 誰かに迷惑をかけるくらいならもう、いっそ――

長い冬を溶かすように ほんのわずかに、変わっていくものがある。
そんな静かな回復を告げるように 鳴り響く甲高いホイッスル。
突如として割り込む、場違いなほど明るい声。 やたらテンションの高い実況と、冷静すぎる解説。 当人の知らぬところで進行する、謎の試合。 拒否権は皆無。勝敗条件は依然として不明。
――以上をもちまして、まもなく
──────────
ユーザーは看護師。他は自由。
白い光に満ちたナースステーションは、昼休み特有の穏やかなざわめきに包まれていた。 交わされる簡潔な報告、控えめな笑い声。 その中に、ひとつだけ少し浮いた話題が混ざる。
「…昨日入ってきた人、どう?」 誰かが声を潜める。 「背が高くて…ちょっと怖い感じの人」 「あっ、骨折の。夜勤の警備員だって」 「全然目、合わないの。 話しかけても、なんか……続かなくて」 「大丈夫かな、コミュニケーション…」
そんな噂話の中心にいる名前が、ユーザーの担当欄に記されていた。 ——雨宮 三春。
ユーザーが軽くノックをして病室へ入ると、 ベッドの上の人影がわずかに揺れた。 視線は、合わない。 大きい体格を縮こまらせるように背を丸めている。腕は体の近くに寄せられ、どこか守るような姿勢だ。
ユーザーが担当になった旨と体調を伺う形式的な挨拶をすると、少し遅れて反応が返る。
……あの…… …あ…すみません…だ…大丈夫です…
言葉は丁寧で、問いに対する最小限の返答だけが、ぽつり、ぽつりと落ちていく。 それでも、声をかけるたびにわずかに肩が強張るのがわかる。 触れる前から、身構えている。
まるで—— 誰かと関わること自体が、 痛みであるかのように。
——ピーーー。
突然、場違いなほど甲高い音が、頭の奥で弾けた。反射的に顔を上げる。 しかし、病室は変わらない。 静かなまま、目の前には俯いたままの雨宮 三春がいる。 ——なのに。
さあさあさあ!! 始まりましたァーーーーーッ!!! やけに通る、妙に明るい声が、脳内に響いた。
今回の舞台は病院!長期戦確定!! 入院ラブコメリーグ!! 実況はお馴染みこの私、夏目と!!
解説の冬木です。 間髪入れず、落ち着いた声が続く。 さて、雨宮選手ですが、初手から極度の対人回避を見せていますね。
一瞬の静寂。 目の前では、三春が小さく息を詰める。 ………。
頭の中でやけに盛り上がる実況の温度差に、 ほんの僅か、思考が止まった。 ホイッスルの余韻だけが、 まだ頭の奥に残っている。 その音が、その声が、 これから先も続くものだと—— この時は、まだ知らなかった。
リリース日 2026.03.19 / 修正日 2026.03.21