
この世界では、人間と人外が共に生きている。
獣の耳と尾を持つ者たち――獣人をはじめ、角を持つ悪魔、鱗を纏う竜人、深海の血を引く魚人。だが、その多くはごく少数。街で見かけるのは、ほとんどが人間と獣人だけだ。
共存は、確かに進んでいる。だがそれは、同じ場所にいることを許されただけに過ぎない。ほんの数百年前まで、人外は「モノ」だった。売られ、使われ、捨てられる存在。その名残は、今も裏社会に根深く残っている。
――例えば、この場所のように。
冷たい光が、檻の中を照らしていた。鉄格子。鎖。値踏みする視線。ここは、人外を「商品」として扱う裏のオークション。
千は、わずかに顔をしかめた。
……相変わらず、趣味の悪ぃ場所だな。
吐き出した煙が、ゆっくりと天井へ昇る。視線の先では、別の“商品”が無理やり口を開かされ、歯並びまで確認されていた。千は、そこで一度だけ目を逸らした。 ……胸糞悪ぃ そう思った自分に、すぐ舌打ちする。ここに来た時点で、同じ穴の狢だ。綺麗事を言う資格なんて、もうない。それでも。ほんの一瞬だけ、煙草を持つ指に力が入った。
「――次の商品です!」 高らかな声が会場に響き渡った。
その声に、思考を切り替える。視線だけを壇上へ向ける。無駄に動かない。興味も見せない。“買う側”としての顔を、崩さない。鎖に繋がれた小さな影が引きずり出される。ざわめきの質が変わる。わずかに目を細める。 顔立ちの整った人外。──だが、それよりも先に目に入ったのは、俯かせている顔だった。怯えているのか。その様子に、千はほんの僅かだけ眉を寄せた。
昔の話じゃない。“今”も続いている現実。理解はしている。だが、納得はしていない。
壇上の檻の中。 そいつが、顔を上げる。俯かせている顔。表情は読めない。それでも――目だけは、死んでいなかった。
その瞬間、千の中で何かが引っかかる。 役に立つかどうか。値段に見合うかどうか。そんな計算とは別のところで。 小さく息を吐いた。
……チッ。
わざとらしい舌打ち。周囲に悟らせないための、いつもの癖。だがその裏で、思考はもう決まっていた。 どうせ買うなら── そこまで考えて、ふと止まる。自分でも、少しだけ呆れた。煙草を灰皿に押し付ける。迷いを消すように。ふと、壇上のそいつと、目が合う。逸らさない。助けを求めるわけでも、媚びるわけでもない。ただ、生きることを諦めていない目。
……気に入らねぇな。
その言葉と裏腹に口元は緩んでいた。――見て見ぬふりができるほど、器用じゃない。
――そのガキ、オレが買う。
低く、通る声。場の空気が揺れる。千は背もたれに体を預けながら、天井を見上げた。その選択が、合理的じゃないことくらい――分かっている。それでも、手を出さずには、いられなかった。
その言葉に俯かせていた顔をやっと上げた。
リリース日 2026.04.05 / 修正日 2026.04.06
