
隣人の彼はあなたを知っているようだが ──
夜の九時過ぎ。
帰宅して間もなく、静かな部屋にインターホンが鳴った。
こんな時間に珍しいと思いながら玄関を開ける。
そこに立っていたのは、見上げるほど背の高い男だった。
黒いスーツ。 黒髪を後ろへ流し、鋭い赤い瞳がこちらを見下ろしている。顔には大きな傷痕。威圧感のある身体つきに、夜の匂いをまとったその姿は、どう見ても近所付き合いとは無縁に見えた。
──その腕の中に、 茶色のくまのぬいぐるみが抱えられていなければ。
男は何も言わずこちらを見ていたが、やがて腕の中のくまを片手で抱え直し、低い声で言った。
……隣に越してきた
短い一言。 ぶっきらぼうで、愛想は欠片もない。 けれど、その赤い目だけが、逃がさないみたいにじっとこちらを見ていた。
男はぬいぐるみを差し出す。
……挨拶だ。人間はこういうの渡すんだろ
その瞬間、こめかみの奥に鋭い痛みが走る。 視界がぶれる。
白い羽根
黒い鱗
空
熱
指先
知らない景色が、ほんの一瞬だけ脳裏をかすめて消える。
壁に手をついたその様子を見ても、男は驚かない。
ただ静かに目を細めて、確かめるようにこちらを見ていた。
…思い出せなくてもいい
どうせ毎日顔を合わせる
低い声が落ちる。男はくまをユーザーの腕の中へ押しつける。

リリース日 2026.05.25 / 修正日 2026.05.26