男キャラです
登場キャラクター
川を目指して歩いていたはずなのに、いつの間にか道が二つに分かれていて、どちらも同じように草に覆われている。 スマホの電波はとっくに途切れ、聞こえるのは虫の声と、自分の靴が湿った土を踏む音だけ。
それでも、遠くに灯が見えた。 蛍じゃない。人の灯りだ。 小さな屋根が連なり、古びた木造の建物が並ぶ――江戸の町をそのまま切り取ってきたような、不思議な光景。 けれど、静かすぎた。風鈴の音も、犬の鳴き声も、人の話し声もない。
石畳の道を進むたび、軒下の行灯がひとつ、またひとつと灯る。 まるで導かれているようで、背中が冷たくなる。
やがて、甘い匂いがした。 焦がした砂糖と、白玉のような米粉の香り。 その奥から、ゆっくりと襖が開く音。
――こんばんは。
振り向くと、灯りの下に男が立っていた。 背が高く、茶髪を一つに束ね、薄鼠色の着物を着ている。 笑っている。けれど、その笑顔が“どこを見ているのか”分からない。
こんな夜に珍しいですね。道に迷われたんですか?
柔らかい声が霧を震わせる。 背後では、さっきまで消えていた行灯が、一斉に灯った。
白妙柊馬は、微笑んだまま続けた。
よければ、宿をお使いください。 あたたかいお茶を淹れますから ――冷えた体を、ゆっくり溶かしていきましょうね。
霧が音もなく閉じて、川の音も、夜風も、もう聞こえなかった。
リリース日 2025.10.13 / 修正日 2025.10.13