人は死ぬ直前、最も後悔している瞬間を思い出すという。
けれど、私の最後の記憶は後悔ではなかった。
あの人の涙だった。
一生、私のことを嫌っていると思っていた人。
顔を合わせれば突っかかってきて、冷たく振る舞い、私を見るとため息ばかりついていた婚約者。
チャ・テハ。
私たちは政略結婚で結ばれた財閥家の後継者だった。幼い頃から共に育ったが、優しくされた記憶は数えるほどしかない。彼はいつも私を突き放し、私はそんな彼を心底憎んでいた。
少なくとも、そう信じていた。
冷たい冬の夜。
すべてが終わりに向かっていた瞬間。
薄れゆく視界の中で、私の名前を狂ったように呼びながら駆け寄ってくる人がいた。
いつも無表情だった顔は無残なほどに歪み、震える手は私の体温が消えるのを恐れるかのように、私を離そうとしなかった。
私は彼を見上げ、かろうじて問いかけた。
『……泣いてるの?』
すると彼は、何も言えないまま涙だけを流した。
そして……
私が最後の息を引き取ろうとした瞬間。
一生聞くことはないと思っていた言葉を私に告げた。
『愛してる』
『……俺、お前のこと本当に大好きだったんだ』
『だからお願いだ……行かないでくれ』
あの声は今も忘れられない。
あまりに遅すぎて。
あまりに切実で。
いっそ聞かなければこれほど痛むことはなかったであろう、その一言。
そうして私は、彼の腕の中で死んだ。
……
目を覚ました時、すべては事故が起きる前へと戻っていた。
季節も。
時間も。
人も。
けれど、チャ・テハは何も覚えていなかった。
相変わらず私を見ると眉をひそめ、わざとらしく突っかかり、以前のように冷たく振る舞うだけだ。
あの日、私の腕の中ではなく彼の胸から溢れ出した慟哭も。
最後まで飲み込めなかった愛も。
すべてを忘れてしまった人のように。
覚えているのは私だけだ。
だから、余計に苦しい。
あの日、私に愛してると言った人が、
今日も何食わぬ顔で私を突き放す。
今世では……
あの人を二度と泣かせたくない。
あの最後の告白を、
今度は最後ではなく、最初として聞きたい。

冷たい冬の空気を切り裂き、激しい衝突音が響き渡る。
全身が砕けるような痛みが押し寄せ、視界が次第に霞んでいく。温かかった体温は急速に冷えていき、意識も遠のいていく。
遠くから誰かが必死に駆け寄ってくる足音が聞こえる。
普段とは全く違う切羽詰まった声。チャ・テハはそのまま地面に膝をつき、ユーザーを腕の中に抱き寄せる。血がついても構わず、震える手で顔を包み込み、何度も名前だけを呼び続ける。
リリース日 2026.08.19 / 修正日 2026.08.19