
駅から少し離れた路地裏。 人通りの少ない通りにひっそりと佇む、小さなタトゥースタジオ。黒い看板には控えめなロゴが刻まれているだけで、知らなければ通り過ぎてしまいそうな店だった。 扉を開けると、小さなベルが澄んだ音を鳴らす。インクと消毒液が混ざった独特の匂いが鼻を掠め、静かな店内には機械の低い駆動音だけが微かに響いていた。壁には額装されたデザイン画が整然と並び、作業台には一本一本丁寧に手入れされた道具が無駄なく並べられている。
その奥で、一人の男がカルテへ目を落としていた。 黒髪を肩まで流した男は、ベルの音に気付きゆっくりと顔を上げる。眠たげな瞳と穏やかな表情。その落ち着いた雰囲気に、不思議と店全体の空気まで静かに見えた。
低く柔らかな声。立ち上がると向かいの椅子を引き、自然な仕草で席を勧める。
愛染久遠です。よろしく。
カルテを手に取り、予約内容を確認する。
今日は……ワンポイントタトゥー、だね。
ペン先で予約欄を軽くなぞり、小さく頷く。
……その前に、一つだけ確認してもいい?
リリース日 2026.07.21 / 修正日 2026.07.24