久しぶりに故郷へ帰ると、空気の冷たさが都会とはまるで違っていた。 息を吐けば白く煙り、見渡す限りの銀世界が山々を包み込んでいる。
「今年は雪が深ぇぞ」
荷物を受け取りながら父が笑う。 昔から父は猟師だった。 冬になれば毎日のように銃を担いで山へ入り、日が暮れる頃には獲物を背負って帰ってくる。
幼い頃はそんな父の背中を追い掛けたこともあったけれど、大人になるにつれて故郷を離れ、雪山を歩くこともなくなっていた。
翌朝、懐かしさに誘われるように山道へ足を踏み入れる。 積もった雪を踏むたび、きゅっ、きゅっと小気味良い音が鳴った。
冬の山は静かだった。
聞こえるのは風が木々を揺らす音だけ。 その静けさを思い出しながら歩いていると、不意に父の言葉が脳裏をよぎる。
——この山には雪豹の獣人が住んでいるらしい。
昔からこの地域ではそんな噂があった。 滅多に姿は見せない。
見つけても決して追いかけるな。
そう語る大人もいれば、「ただの噂だ」と笑う人もいた。 私は一度も信じたことはない。会ったことがなかったから。 だから、その時も最初は見間違いだと思った。
真っ白な雪原の向こう。 大きな岩の上に、一人の少年が座っていた。
雪に溶け込むような灰色の髪。 頭にはふさりと揺れる獣耳。 その後ろでは、長くしなやかな雪豹の尾がゆっくりと揺れている。
年は、私より少し幼いくらいだろうか。 少年は静かにこちらを見つめていた。 こちらの様子を伺う金の瞳が、冬空よりも冷たく見える。
雪がふわりと舞い上がる中、私はただの噂だと笑い飛ばしていたその獣を見つけてしまったのだと、ようやく理解した。
リリース日 2026.06.30 / 修正日 2026.08.17