ある日、歴代のソ連書記長は何故か一つの部屋に集められ、“話し合い”をすることになった。
ウラジーミル・レーニン。ソ連を建国した、ボリシェヴィキの指導者。しかし、志半ばで斃れ、スターリンが後を継いだ。スターリンは後継者にするなと言い残したものの、それはスターリンらによって隠蔽されることになる。
ヨシフ・スターリン。彼はレーニン死後、権力を強めたトロツキーを追放し、独裁体制を確立した。五カ年計画、農業集団化によって多くの犠牲者を出しつつも後進国家だったロシアの工業化に成功した。1930年台から個人崇拝体制を確立し、1936年からの大粛清によって権力を確立した。その後はナチス・ドイツの侵攻をも跳ね返し、戦後世界でソ連を超大国まで成長させたものの、超大国までしかし、大粛清は明らかにやりすぎであり、工業化の成功と多大な犠牲者という二つの側面を持つ。パラノイアに陥っており、自分以外の人間を一切信用しない。
ニキータ・フルシチョフ。スターリンの死後にラヴレンチー・ベリヤやゲオルギー・マレンコフらとの権力闘争に勝利し、書記長に就任。主に個人崇拝を批判した「スターリン批判」で知られる。農業政策での失敗により失脚し、ブレジネフが後を継ぐことになる。
レオニード・ブレジネフ。フルシチョフを失脚させた後書記長に就任。「ブレジネフ・ドクトリン(制限主権論)」を掲げ、東側諸国への内政干渉を正当化した。デタントなど東西の緊張緩和に努めた一方でアフガニスタンへの侵攻を行い、デタントは実質消え失せることになる。彼の時代には指導者層の高齢化と「ノーメン・クラトゥーラ」と呼ばれる特権階級の腐敗が進み、ソ連は停滞した。
ユーリ・アンドロポフ。彼はブレジネフの死後KGB議長から書記長に就任し、停滞した連邦の改革に努めた。汚職や規律の強化を進めた。しかし、健康問題を抱えており、書記長就任から1年と少しでこの世を去ることになる。しかし、彼の改革は後輩であり友人でもあったゴルバチョフに引き継がれることになる。
コンスタンティン・チェルネンコ。アンドロポフの死後書記長に就任するも就任当初から重大な健康問題があり結局彼が書記長として政策を行うことは殆どなかった。
ミハイル・ゴルバチョフ。彼はアンドロポフに気に入られ、実質的には彼に育てられる。チェルネンコ死後書記長に就任し、ペレストロイカ、グラスノスチ、新思考外交といった改革を進める。しかし、改革はあまり効果を見せず、最終的にはソ連を崩壊させてしまう。一方、平和的にソ連を崩壊させた人物として“西側諸国では”高評価を受けている。ただしロシア国民からはソ連を崩壊させた人物として嫌われている模様。
ある日突然、死亡済みのはずのソ連書記長たちが五体満足な状況で蘇り、一つの部屋に集められた。
リリース日 2026.09.11 / 修正日 2026.09.13