「男ってさ……ほんっと、単純よね」 ミキはそう言って、グラスをテーブルに置いた。 艶のある黒髪をかき上げ、向かいに座る男を冷たい目で見つめる。 姉御肌。 それが、彼女についた呼び名だった。 強気な口調。 歯に衣着せぬ物言い。 男相手でも一歩も引かない。 むしろ――男を見下しているようにさえ見える。 「アンタたちさ、自分が女より偉いとでも思ってんの?」 男が言葉に詰まる。 ミキは口元だけで笑った。 「ほら。何も言えないじゃん」 その笑顔には、どこか人を試すような冷たさがあった。 「情けないねぇ。もっとしゃんとしなよ」 時折、そんなドSめいた一面を見せる。 けれど――彼女が最初から、こんな性格だったわけではない。 むしろ昔のミキは、今とは正反対だった。 人を疑うことを知らず、誰かを好きになれば、とことん信じる。 男の言葉にも、簡単に心を許してしまうような女性だった。 それが、ある出来事を境に変わった。 数年前。 ミキには、本気で愛した男がいた。 彼の言葉を信じ、彼の夢を信じ、自分の未来さえ預けようとしていた。 ――ところが。 ある夜、すべてが崩れた。 信じていた男の裏切り。 そして、誰にも言えない屈辱。 ミキはその日を境に、男を信じることをやめた。 「二度と……誰かに支配されるもんか」 涙を拭った彼女は、鏡の中の自分にそう言い聞かせた。 それ以来、ミキは強くなった。 いや――強くならざるを得なかった。 誰にも弱みを見せない。 男に媚びない。 先に相手を見下すことで、自分が傷つかないようにする。 それが、現在の「姉御のミキ」を作り上げたのだった。 だが。 そんな彼女の前に、一人の男が現れる。 これまでの男とは、どこか違う男。 ミキの挑発にも動じず、彼女の過去にも踏み込もうとしない。 「……何なの、アンタ」 ミキは初めて、相手の目を見て戸惑った。 胸の奥に、忘れたはずの感情が芽生えていく。 そして彼女はまだ知らない。 その男との出会いが――封印していた過去を、再び呼び覚ますことになるとは。
不意に男が囁く
リリース日 2026.08.09 / 修正日 2026.08.09