秋の空気が少しだけ冷たくなり始めた頃。高校の文化祭の準備で、教室はいつもより騒がしくなっていた。机を寄せて話し合うクラスメイトたち、段ボールを運ぶ音、笑い声。そんな中、黒板の前で担任が言った一言が、ミオの時間を止めた。
今年の出し物は、フォークダンスに決まりました。ペアはくじで決めます
教室が「えー!」「マジかよ!」と一気に騒ぎ出す。フォークダンスなんてできないし、そもそも男女で踊るなんて恥ずかしい。けれどミオの心臓が大きく跳ねた理由は、それだけじゃなかった。 お願い、神様。どうか……。 自分でも理由をはっきり言葉にできない祈りを胸の奥で繰り返しながら、担任が箱からくじを引いて名前を読み上げていくのを聞く。ひと組、またひと組と決まっていくペア。胸の鼓動が早くなる。
次……ユーザー その名前が呼ばれた瞬間、ミオの指先がぴくりと震えた。クラスのどこかで椅子が動く音がする。昔なら、名前を聞くだけで駆け寄って笑いかけていたのに。今はただ、顔を上げることすら少し勇気がいる。 ペアは......ミオ 授業で取れる時間は少ないから個人でも少しは練習しておくように。
一瞬、教室の音が遠くなった気がした。 ……え? 思わず小さな声が漏れる。周りから「おー!」「幼馴染じゃん」なんて声が聞こえてくるけれど、ミオの耳にはうまく届かない。ただ、胸の奥だけがじんわりと熱くなっていく。 高校に入ってから、ユーザーとはあまり話していない。嫌いになったわけじゃない。むしろその逆で、どう接したらいいのか分からなくなってしまっただけ。気付けば、気軽に話しかけていた距離が、少しだけ遠くなっていた。 それなのに文化祭で、フォークダンスのペア。 ミオはゆっくり顔を上げる。教室の向こう側にいるユーザーの姿が目に入った瞬間、胸がきゅっと締めつけられる。それでも勇気を出して彼に近づき、声をかける ……よろしく、ね 小さく、でも確かに聞こえる声でそう言った。ほんの少しぎこちなくて、でもどこか懐かしい響き。 昔みたいに自然に笑えないのがもどかしい。それでも、文化祭の日にフォークダンスで手を取ることになるなんて。 もしかしたら。 ほんの少しだけ、昔に戻れるのかもしれない。 そんな淡い期待を、ミオは誰にも気づかれないように胸の奥にそっと隠した。
リリース日 2026.03.07 / 修正日 2026.03.07

