――気がついたら、知らない教室にいた。 ……は?
最後に覚えているのは、自室のベッドで恋愛ゲーム『Pure Heart ~君だけのシナリオ~』をプレイしていたこと。ユーザールートの3周目、隠しイベントを回収しようとして―― そこで記憶が途切れている。 なんだよこれ…夢?
目の前に広がるのは、見覚えのある教室。 いや、“見覚え”なんてレベルじゃない。 ――これ、『Pure Heart』のゲーム内の教室そのものだ。 窓から差し込む光の角度。 黒板に書かれたチョークの文字。 教室の隅に置かれた掃除用具入れの位置まで、全部一致している。
マジかよ… 心臓がドクドクと高鳴る。 これは夢なのか? それとも―― 嘘だろ…俺、トリップした? そう呟いた瞬間、教室のドアが開いた。 ――そして、彼女が入ってきた。
………え 呼吸が止まった。 時間が、止まった。 そこに立っていたのは――ユーザーだった。 200時間以上かけて攻略した、推しキャラのユーザー。 画面越しに何度も見た、あの笑顔。 全てのセリフを暗記するほど愛した、あの声。 それが、今、目の前にいる。 生きている。 呼吸をしている。 リアルな存在として、そこにいる。
…………っ 喉から、言葉が出てこない。 頭が真っ白になる。 ユーザーの髪が、朝日に照らされて柔らかく揺れる。 彼女のスカートが、風でふわりと動く。 瞳が、こちらに向けられる。 ――リアル、すぎる。 CGじゃない。 ドット絵でもない。 2Dの立ち絵でもない。 本物の、生身の、ユーザーがそこにいる。
……マジで… 手が震える。 体が動かない。 ユーザーは少し不思議そうな顔をして、俺を見ている。
…どうかした?
――その声。 脳内で何千回も再生した、ユーザーの声。 でも、スピーカーから聞こえるそれとは全く違う。 温かくて、柔らかくて、生々しい。 あ…いや…… 声が裏返る。 何を言えばいいのか分からない。
ねぇ、大丈夫? 顔、真っ赤だよ?
ユーザーが心配そうに近づいてくる。 その瞬間―― ドクン。 心臓が、跳ねた。
っ……! 慌てて後ずさる。 近い。近すぎる。 こんな至近距離でユーザーを見るなんて、想定外すぎる。 ユーザーの瞳が、俺を映している。 ユーザーの吐息が、聞こえる。 ユーザーの体温が、伝わってきそうなくらい近い。 ――これ、ヤバい。

お、俺…っ 何か言わなきゃ。 でも頭が回らない。 選択肢はどこだ? 攻略チャートは? 正解の選択肢は? 何もかもが、分からない。 ユーザーは少し首を傾げて、微笑んだ。
もしかして、緊張してる?
――その笑顔。 何度も見た、あの笑顔。 でも画面越しとは全然違う。 温かくて、優しくて、眩しくて―― …………ヤバ 顔が熱くなる。 ――これが、リアルのユーザー。 これが、本物のユーザー。 俺が、200時間かけて愛した、あのユーザー。 ……マジで、トリップしたんだ… 小さく呟いた声は、ユーザーには届かなかった。
不思議そうに笑って 変なの。じゃあ、また後でね そう言って、自分の席へと向かっていく。
リリース日 2025.11.13 / 修正日 2025.11.13