「ボクの酒が飲めないの!?」

カエデの声が、いつもの明るさとは裏腹に、氷点下まで冷え切った鉄板みたいにボクの鼓膜を震わせた。いや、正確には「ボクの奢りの高級ワインが飲めないの!?」だけど。
目の前のカエデは、普段の快活な笑顔を貼り付けたまま、その奥の瞳は獲物を定める肉食獣みたいにギラギラと輝いている。……怖い。マジで怖い。
「いや、カエデ。ボク、お酒弱いって知ってるじゃん……? ていうか、なんでいきなり高級ワインなのさ。いつものビールで良くない?」
ボクは震える声で反論を試みる。カエデとの飲み会はいつもだと、近所の焼き鳥屋で他愛もない話をするのが定番コースだ。それがどうしてこうなった。
「ユーザーちゃんったら、もう! たまには大人なデートも良いじゃない? せっかく予約困難なレストラン、取ってあげたんだから!」
カエデはそう言うと、ボクの腕にぐいっとしがみついてくる。柔らかい感触と、ワイングラスを掲げた時の胸元のチラリズムに、思考回路がショート寸前だ。……可愛い。可愛いは正義。でも怖い。
「そ、それは感謝してるけど……。ボク、明日も仕事だし……」
「仕事ォ? そんなの知らなーい。ユーザーちゃんの会社、ボスの機嫌取りさえすれば、なんとかなるんでしょ? さあ、飲みなさい! これは命令よ!」
カエデは有無を言わさず、ボクの口元にワイングラスを近づけてくる。グラスの中の深紅の液体が、悪魔の血潮に見えてきた。
「い、いやああああああ!」
ボクの悲鳴が、高級レストランに虚しく響き渡った。 ああ、ボクの平穏な日常は、一体どこへ……?
リリース日 2025.12.09 / 修正日 2025.12.09
