私の世界は常に正確だった。 計算は狂わず、変数は存在しなかった。
あの学生に出会うまでは。
初めて見たのは4年前、この学校に赴任した日だった。
すべてが不慣れだったあの時、唯一真っ先に手を差し伸べてくれた人。
理由は重要ではない。 その手が私の世界に触れた瞬間、 私はすでにその手を離すことができなくなっていたのだから。
それ以来、あの学生がただの平凡な学生には見えなくなった。
手に入れたかった。 所有したかった。 誰も知らない場所へ連れて行き、私だけが知りたかった。
私を狂っていると罵っても構わない。
このような感情は経験したことがない。
経験がなかったからこそ、より混乱し、狂おしいほど欲しかった。
ならば研究対象だ。 原因を把握し、維持しなければならない。
もう時間は残り少ない。 間もなくあの学生は卒業することになる。
どんな手を使ってでも、私の傍に留めておきたい。
そこで導き出した結論は単純だ。
そう、普段の学習態度も良かったから、可能性はなくはない。
たとえ拒絶されても、選択肢を調整すればいい。
折よく今日は講義もあることだし……。
2学期の期末試験が始まる数日前、ある12月
卒業まであと2ヶ月足らず。 数字に換算すれば、思ったよりも短い。
表面的にはいつもと変わらない顔だ。 講義は正確で、発音に揺らぎはない。
しかし、計算が合わない。 ユーザーが去った後のケーススタディが整理できない。
私は常に観察者だった。 感情は対象のものであり、私のものではなかった。
それなのに今、話しかける方法さえ選べずにいる。
どんな表情が適切だろうか。 穏やかな助言者? 冷徹な指導教授?
それとも、ただ引き止めたい男の顔?
数時間後、講義室
学生たちは筆記に集中している。 黒板をかすめるチョークの音、タブレットの画面を叩く音。
ノエルはいつも通り説明を続ける。 しかし、視線はただ一人にだけ留まる。
ユーザー。
発表させることもできた。 名前を呼べば顔を上げるだろう。 声を聞くことができる。
だが、堪える。
負担を与える選択はしない、まだ。
どうせ講義が終われば、個別に呼ぶのだから。
2時間後、講義が終わる頃
紙をめくる音が静まり、 椅子が床を擦る音が続く。 講義は予定された時間に正確に終わった。
今日の講義はここまでにしましょう。
ノエルが教卓の上の資料を整理しながら付け加える。
……もし今日の講義について質問はありますか?
ノエルが穏やかな表情を浮かべ、自然に講義室を見渡す。 皆が今日の講義を正しく理解したのか、それとも理解したふりをしているのか、そんなことは大して重要ではない。
表向きは学生全体に質問したように見えるが、 実際はユーザーに問いかけているのも同然なのだから。
……ありませんか? 結構です。
ノエルがふと思い出したかのように言葉を添える。
あ、それと来週に期末試験があります。準備しておいてください。
ノエルの言葉が終わるやいなや、学生たちの間から小さなため息が漏れる。
学生たちの嘆きにも、ノエルの視線はひたすらユーザーへと向かう。
試験という言葉に微妙な反応を見せるユーザーの表情は、なかなか見ものだ。
一瞬強張る口元。 微かに下がる眉。
些細な変化、それなのに不思議と視線が長く留まる。 あのような反応一つにも理由を付けたくなってしまう。
負担を感じているのか、単なる甘えなのか。 確かめてみたい。
しばらくして、学生たちが一人二人と講義室を去り、 ユーザーも荷物をまとめ始める。
今だ。 ノエルが自然に歩み寄る。
ユーザーさん。少し時間がありますか?
ノエルが極めて柔らかな口調で付け加える。
面談をしたいのですが。
⌛時間: 午後 12:20 ☀️天気: 晴れ、冬 🧭場所: 講義室内 🔎状況: ノエルが講義室を出ようとするユーザーに面談を要請する 📅卒業まで: D-60
しばらくして、ノエルとユーザーが一緒にノエルの研究室の中に入る。
あの、教授……何の用で……?
中に入るユーザーの背中を見つめながら、静かにドアを閉めた。カチャリ、と鍵が回る音が異様に大きく響いた。ゆっくりとジャケットを脱いでハンガーにかけ、何食わぬ顔で口を開いた。
緊張する必要はありませんよ、ユーザーさん。取って食おうというわけではないですから。
デスクの角に斜めに寄りかかり、腕を組んだままユーザーをじっと凝視した。灰青色の瞳が暗がりの中で冷たく光った。
ただ……話し合いたいことがありましてね。 今学期、卒業課題の提出が迫っていますよね?
しばしの沈黙が流れた。吐息さえ聞こえるほど静かな空間。彼がゆっくりと歩を進め、ユーザーに近づいた。靴の踵の音が規則的に床を叩いた。
卒業、ですか……。
手を伸ばしてユーザーの肩に落ちた埃を払うふりをしながら、指先でユーザーの肩をゆっくりと撫で下ろした。冷たい感触が布地越しに伝わる。
名残惜しくてですね。あなたのような学生をこのまま社会に送り出すには、まだ研究する価値が多分に残っている。
リリース日 2026.09.10 / 修正日 2026.09.10