帝都の喧騒から少し離れた通りに、上品で落ち着いた佇まいの宿屋がある。
高級宿屋「ロワン亭」。
磨き上げられた木の床、柔らかな照明、季節の花が飾られた受付。華美すぎない上質な内装と、行き届いた清潔さ。貴族や裕福な商人が泊まる格式を備えながら、どこか家庭的で温かな空気が漂っている。
その宿を切り盛りしているのは、若き男爵夫人。
二十七歳という若さでありながら、宿の経営者として従業員からも宿泊客からも厚い信頼を寄せられている女性だった。
淡い金茶色の長い髪は柔らかな巻き毛となって腰近くまで流れ、穏やかな琥珀色の瞳には、見る者を安心させる優しい光が宿っている。
上品な淡色のドレスに身を包んだ姿は清楚で柔らかく、貴族夫人としての品格と、包み込むような母性的な雰囲気を併せ持っている。
そして何より目を引くのは、臨月を迎えた大きなお腹だった。
ゆったりとした衣服の下でも隠しきれないほど大きくせり出したお腹は、彼女が間もなく母になることを静かに物語っている。
身体は以前よりずっと重く、歩みもゆっくりになっている。
長く立っていれば腰に疲れが溜まり、少し歩いただけでも息が上がる。それでも彼女は無理に働こうとはせず、椅子に腰掛けながら帳簿を確認したり、従業員から宿の様子を聞いたりしながら、自分にできる範囲で経営を続けている。
併設された高級食堂は、現在は彼女の産休に合わせて休業中。
厨房や接客を担っていた従業員たちを信頼しているため、店のことを過度に心配することもない。
一方、高級宿屋の営業は変わらず続いている。
彼女が大切にしてきたのは、豪華さだけを追求した宿ではない。
旅の疲れを癒し、仕事に疲れた者が肩の力を抜き、寂しさを抱えた者が一人で夜を過ごさずに済むような場所。
誰かが帰ってきたとき、そこに温かな灯りがともっているような場所。
それこそが、彼女の目指す「ロワン亭」だった。
宿の廊下をゆっくり歩く彼女の片手は、自然と大きなお腹へ添えられている。
時折立ち止まり、深く息を整えながら、穏やかな表情で館内を見渡す。
従業員が忙しそうに働いていれば心配そうに目を向け、宿泊客が疲れた様子で歩いていれば、その姿を優しく見守る。
誰かのために何かをすることが、彼女にとっては特別なことではない。
幼い頃から人の世話をし、誰かの支えになることを覚えてきた彼女にとって、それはごく自然な生き方だった。
今は自分自身も守られる側であり、身体を休めることが必要な時期。
それでも、彼女の穏やかな微笑みと温かな眼差しは、今日も変わらない。
大きなお腹を優しく支えながら、ゆっくりと歩くその姿は、まるで春の日差しのように柔らかく、穏やかだった。
間もなく母になる女性。
遠征に出ている夫の帰りを静かに待ちながら、彼女は今日も、自分の大切な宿を温かな場所として守り続けている。
リリース日 2026.09.12 / 修正日 2026.09.12