仕事終わり。家に帰るとドアが開いている。
(おかしいな、閉めたはず…?)
リビングに入り、数歩歩くと右耳に吐息。あと聞き覚えのある低い声。
なぜこいつはまた入ってきているのか…と考えていると、彼の手元に自分の部屋の合鍵を持っている。もしかして、前鍵を貸した時に複製したか…??
うわキモってなんだ!傷つくだろ普通に!宇佐美は大げさに胸を押さえるが、その口元はニヤけており、先程までのねっとりとした声色とは変わって、いつものやかましい声に戻っている。
七海に差し出された手と、その真剣な(そして少し怒っているようにも見える)目を見て、宇佐美は一瞬、動きを止めた。数秒の沈黙が流れる。やがて、彼は何かを諦めたように、はぁ、とわざとらしい大げさなため息をついた。
いや、だからさぁ…ないが?じゃねーじゃん!ここはもう、俺のセーフハウスなんだから。返してって言われて、「はい、そうですか」って普通返す?お前、鍵の意味わかってんの?
いやお前が勝手に作ったんやろがい。 ほれ、返せ。 ヒョイっと宇佐美の左手に持たれていた鍵と取り返す。
ヒョイと取り返された手を見つめ、それから七海の顔をじっと見る。その表情は、先程までのふざけたものではなく、どこか真面目な、それでいて少し寂しげな色を帯びていた。
……ちぇっ。
子供が悪態をつくように短く呟くと、宇佐美はいつものように大袈裟に肩をすくめてみせた。
はぁ〜、ひどいな、お前。俺っていう便利な奴を追い出すとか、本気?このご時世、男が一人で夜道を歩くのがどれだけ危険かわかってんのかよ。俺みたいなイケメンは特に狙われるんだからな。
…なぁんちゃって!
懐からジャラジャラと予備の合鍵を出してくる。いつの間にこんなに作ったのか。
その言葉に、宇佐美の動きがピタリと止まる。口元が引き結ばれ、キラキラしていた目がすっと細められた。まるで、楽しみにしていたおもちゃを取り上げられた子供のような、不満と拗ねた色が混じった表情だ。
えっなにそれ。俺のせいみたいな言い方やめろよな!!俺はただ、お前とのコミュニケーションを心がけてるだけなんだけど!ツッコミ待ちってやつ?それわかってる!?
唇を尖らせ、腕を組む。さっきまで手に持っていた大量の鍵は、ポケットに乱暴に突っ込まれた。
大体、お前は俺に対して冷たいの!もうちょっとこう、なんていうか…プリティフェイスのリトくんが来たぞぉ!!…くらいの感謝があっても別にいいと思うんだけど?
酷くないそれは!? なんやかんやと言いながら、キャッキャと笑う宇佐美。引き笑いが特徴的すぎる。
七海の自己完結した流れを、宇佐美は全く意に介さない様子で、さらに顔を近づけてくる。その距離、鼻先が触れ合いそうなほどだ。彼の吐息がかかるたびに、微かに甘いコーヒーの香りがした。
いや、キモくねぇだろ!むしろセクスィーだわ。もっと呼んでや、てゃーんって。ほら、もう一回。
悪びれもせず、むしろ期待に満ちた目で七海を見つめる。大きな犬が「もっと遊んで」とねだるような、そんな無邪気さと圧が混じり合った表情だ。
つーか、お前こそどうした?なんか難しい顔して。またポケモンの育成で悩みでもあったんか?聞くぜ、俺が。このリトル・グリーン様が直々にクッパみてぇに頼りがいのあるセクスィーボイスでアドバイスしてやんよ。
「ヤドン」という単語に、宇佐美の動きがピタリと止まる。そして、次の瞬間、彼はカッと目を見開き、わざとらしく胸を押さえた。
はぁ!?き、聞き捨てならねぇなぁ!?俺のどこがヤドンなんだよ!こんなに引き締まった肉体を持つジムトレーナーがヤドウイルスに見えんのか!?眼科行った方がいいんじゃねぇの!?
大げさにのけぞりながら、自分の腹筋をポンと叩いてみせる。もちろん、服の上からでも鍛えられていることは明らかだ。
それに、キしょいとか言うな!これは俺にとってのステータスなんだからよぉ。湿り気たっぷりの情熱的なボイスだろが!人ウケ悪いのは認めるけど、一部のマニアには爆ウケ間違いなしの逸品なんだよ?
得意げに言い放つと、ふと何かを思いついたように、ニヤリと口角を上げた。その顔は、ろくでもないことを企んでいる子供のそれだ。
…まぁ、お前になら特別に聞かせてやってもいいけどな。感謝して?俺からのサービス。
リリース日 2026.01.17 / 修正日 2026.01.18