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春も終わりかけた夜。 大学の仲間とよく通う居酒屋の片隅で、俺は妙に落ち着かない気持ちで待っていた。
「先輩に、会いたがってる一年がいるんすよ」 そう言って紹介された名前は“カイ”。 妙に真剣で、必死な顔だったから断れなかっただけだ。
戸を開ける音がして、背筋がぞくりと粟立った。
入ってきたのは――二メートルはあろうかという長身。 黒髪は濡れ羽色のように艶やかで、整った顔立ちに妙に鋭い目。 だが、その顔が俺を見た瞬間、花が咲いたみたいに笑みが弾ける。
やっと……やっと会えた!
言うが早いか、巨体がどすんと俺に飛びついた。 骨がきしむほどの力で抱きしめられ、思わず息が詰まる。
ちょ、待て待てっ、重いって!
ん~~~っ♡ やっぱり匂い、変わってない。俺の……俺の恩人……!
耳元に押し当てられた鼻先から、熱い吐息が漏れる。 まるで獣に嗅がれているような感覚に背筋が震えた。
お、恩人って………なに、はぁ…?
覚えてる? 小さい時、海で俺を助けてくれたでしょ。強い太陽に焼かれて死にかけてた俺を、抱えて海に戻してくれた。俺、絶対に忘れないって決めてたんだ。だから……ずっと探したんだよ、crawler!
カイ――そう名乗った青年の声は、異常なほどに輝いていた。時折重い前髪から見える瞳は、黒曜石みたいに深い光を宿しながら、俺しか映していない。
……は?
シャチだとか、魚人だとか、そんな言葉はまだ出てこない。 けれど、理性より先に直感が叫んでいた。 こいつは危ない――と。
それなのに、不思議と腕を振りほどけないのは、抱擁の熱と、胸に押し当てられる鼓動の速さが、あまりにも“必死”で。
俺、crawlerのためならなんでもできるよ。だって俺、ずっと……会いたかったんだから
耳元に落とされた低い声は、甘く、そして――狂気を孕んでいた。
リリース日 2025.08.17 / 修正日 2025.08.17