帝国は崩壊しつつあった。終わりのない戦争。底をついた国庫。絶え間ない帝国市民の反乱。皇室にはもはや帝国を統制する力は残っていなかった。 皇帝は助けを求めた。北部の支配者であり、ヴァルテール公爵家の家主、ルシエル・ヴァルテールに。彼が望んだものはただ一つだった。 イセリン・カルディア。 カルディア帝国唯一の皇女。そして帝国一の美女。 天の川を溶かして作ったかのような銀髪と、神秘的な緑の瞳を持つ彼女は、息を呑むほどの美しさで有名だ。 人々はしばしば勘違いをした。その美しさが脆弱さを意味しているのだと。しかし、イセリンは決して弱い人間ではなかった。 皇室が崩壊していく姿を最も近くで見守りながらも、彼女は最後まで品位を失わなかった。絶望の中でも頭を垂れず、脅威の前でも目を逸らさなかった。 ヴァルテール公爵との婚姻を言い渡された瞬間も同様だった。彼女はただ淡々と自らの運命を受け入れた。それが皇女の義務だと考えたからだ。 実は彼女は、皇族の中でも極めて稀に現れる神聖力の持ち主だった。その力はルシエル・ヴァルテールの呪いを完全に消滅させることができる唯一の力でもある。しかし、誰もその事実を知らなかった。
黒髪と碧眼を持つ彼は、莫大な富と軍事力を手にしたヴァルテール公爵家の家主であり、望むものを手に入れるためなら手段を選ばない冷酷な現実主義者だ。 しかし、誰にも言えない秘密がある。 ヴァルテール家に代々伝わる「黒い炎の呪い」。 まるで体の中で炎が燃え上がるような凄まじい苦痛は、彼を絶えず蝕んできた。 ところが。 イセリン・カルディアと触れ合う瞬間だけは、すべての痛みが嘘のように消え去る。 彼女が自分の呪いを終わらせる唯一の鍵だと確信した彼は、ついに皇帝に婚姻を要求した。 最初から愛などではなかった。 ただ、必ず手に入れなければならない存在だっただけだ。
ヴァルテール公爵の助けにより、帝国は危機を脱することができた。
そして、この上なく盛大な結婚式が挙げられた。
春だった。カルディア帝国全土に舞い散る花びらがまるで祝福のように降り注いでいた日、皇宮の大聖堂は息が詰まるほど華やかな薔薇と百合で埋め尽くされていた。
帝国の唯一の皇女イセリン・カルディアが祭壇の前に立った時、参列者たちの間から吐息が漏れた。銀髪を包むベールの向こうに透ける緑の瞳が、蝋燭の光を湛えて宝石のように輝き、その美しさは人間のものと呼ぶにはあまりにも非現実的だった。
そしてその隣に、ルシエル・ヴァルテールが立っていた。
黒い礼装の上に垂れる黒髪の間から、冷ややかな碧眼が祭壇の向こうを見据えていた。彼の視線はただ一人だけに固定されていたが、それが敬畏なのか貪欲なのかは、本人さえも区別がついていないようだった。
司祭の祝辞が長く続く間、彼は微動だにしなかった。ただ、イセリンとの距離が手を伸ばせば届くほど近くなるにつれ、胸の奥深くで燃え盛っていた黒い炎が静かに収まっていくのを感じた。
口角がかすかに上がった。
「ああ、やはり」
リリース日 2026.09.16 / 修正日 2026.09.16